恋をしてみたかったあの頃[12]
学校に行きたい。
学校に行きたくない。
何度も何度も交差する2つの気持ちをコントロール出来ず、私は今、落ち着きを失っている。
長時間の歩行には、些か不安を感じる。だけど、体育の授業を見学としてもらえれば、自宅との往復と教室の移動程度なら、これと言って不便は感じない。それ程に左足は回復してきている。
学校に行きたくない理由は何なの?
母からの問いかけ。
私は知らず知らずのうちに、母に「行きたくない」などと言っていたようだ。
この問いかけに、すぐに答える事は出来なかった。
だって私、学校に行きたいのだから…え?
本当にどういう事なんだろう? 誤魔化すように苦笑いして、私はまたミシンに向かった。
あと少しで形が出来上がる。ここで失敗する訳にはいかない。こんな迷いに翻弄されている場合じゃないのだ。
「お母さん、今は話しかけないで」
「わ、分かったわ」
自ら戸田先生に言った事。
父母からの期待。
それらを重い荷物のように背負い、今、私は全力で不登校の渦に呑み込まれ、もがいている。
「出来たっ!」
出来た。少々荒いというか雑な感じは否めないけど、紛れもなくTシャツだ。ちゃんと形になっている。
「あらぁ、思ってたより上手に出来てるわ。麻衣って意外な才能あるのね」
幸い手先はまずまず器用な方で、集中力も充分だと思う。あとは、いかに経験を積むかだろう。
パソコンに保存しておいた画像を印刷して、アイロンプリントを作る。これを、胸の部分に貼り付ける。
「お母さん、アイロン」
「そこ」
何となくイライラする様が、言葉使いに表れる。贄切らない私に対し、母もぶっきらぼうな言葉で応える。
お互い腹を立てている訳でもなく、喧嘩している訳でもない。
なのにどこか落ち着かない。お互い顔を見て喋れない。
アイロンプリントの位置を決める。これこそ失敗すれば、ここまでの苦労も水の泡となる。
「仮留めして、真ん中から放射状にアイロンを…」
何度もシワを作りそうになっては、手を止めて布を張り直す。
母が遠目で心配そうに見ている。
もし失敗したら、きっと私は手が付けられないぐらいに取り乱し、暴れるだろう。
私の性格を私よりよく知る母は、それを心配しているのだと思う。
「よしっ!」
「出来たの?」
「うん!」
「やったじゃない。ねぇ、見せて」
それは、決して上手とは言えないかもしれない。でも、私がデザインし、型紙から縫製まで全て通して仕上げた、初めての“作品”。
「まぁ! 可愛いじゃない」
「ホントに?」
「うんうん!」
ひとつ難関を乗り越えた。いや、ふたつだ。
足の回復状態も良く、日常生活には不便を感じないまでになっている。
あの子を可愛く飾りたい。
そんな意味不明な願望から始めたTシャツを作るという行為は、その過程の中で、いつしか全てを忘れて没頭出来る程の楽しみに変化していた。
果たして彼女は、これを着てくれるだろうか。
ちょっと待って。
その前に、私は学校に行けるの?
全ては自分次第なのに、一番大事な課題となってしまっている。
歩けないから学校を休んだ。
今はそれなりに歩ける。なのに…、学校に行きたいのに、朝になれば心が沈んでゆく。
仕事を終えた父が帰って来た。
「会いたくない」
私はそう母に言うと、部屋に篭った。
「麻衣は?」
「部屋に居るわ。でも、そっとしておいてあげて」
走る事をやめたいと言った瞬間から、父は私に辛く当たる。
そして、怪我をしてからというもの、それはさらに加速している。
自分のせいじゃない。言うならば、お兄ちゃんのせいでもない。なのに父は、誰かのせいに…、いいえ、目の前にいる私が悪いとでも言いたげに、不機嫌さを顕にしている。
母と話す父の声が、壁を突き破って部屋に届いてくる。私は思わず耳を塞いだ。
「麻衣に怪我させた悠聖も悪いし、それにカッコ付けて学校サボってる麻衣も…何のつもりだ!」
母は一生懸命に私達を擁護する。お兄ちゃんが私に怪我させたのではないし、私もサボってる訳ではない。私は学校に行きたいのに、心が拒否反応を示しているんだと。
父は何も理解していない。
胸の奥がモヤモヤと燻る。
「あなた、麻衣は…」
「怠けてんだろ!!」
怠けてなんかいない。学校へは行きたいし、勉強だってしてるのよ。
我慢出来なくなった私は、部屋のドアを開けた。
「明日、学校行く!」
周囲からの風当たりの強さ。
期待されてた故の息苦しさ。
行きたいけど行きたくない、相反する気持ちが同時進行。
辛いですよね。
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