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恋をしてみたかったあの頃[10]

 1着目はカットに失敗した。初めてなので仕方ない。

 2着目は縫製に失敗した。もちろん初めてだし、ミシンそのものに触れたのも、小学校の家庭科以来。

 あぁ、布があと1着分しか残っていない。これで決めなきゃ終わりだわ。


 そんなプレッシャーを自分自身に浴びせながら、慎重に布を切り出す。

 時間が経つにつれ、集中力は弱まっていく。それは人の性なので、ある程度仕方がない。大切なのは、いかに集中力低下を抑制するかだ。


 何だこの面倒なくだりは。

 集中力が途切れたら、休めばいいだけじゃん。


 冷蔵庫の扉を開けると、ビニール袋とペットボトルを取り出して、ソファに座る。


「んふふっ…チョッコレート♪」


 ペットボトルの中身はミルクティー。もう至福でしかない。これだけで、心の中は全てリフレッシュされる…と思う。


 一つひとつ丁寧に包まれた、まん丸のチョッコレート。大口を開けると、満面の笑みでそれをゆっくり運び込む。

 口中ですぐに溶け始めるその魔法の玉は、優しく脳を刺激して活性化させる。


 ペットボトルの中から溢れ出す魔法は、心地良い香りを放ったまま、喉から全身へと染み込んでいく。


 この2つの魔法で、私の脳は覚醒する。



 激動だった夏休みも、終わってみれば早いもの。私は意気揚々学校へ向かう。その足取りは軽やかで、知らず知らずのうちに、え? なんと! スキップしている。

 そんなに学校って楽しかったっけ?


「おはよう!」

「おはよっ」


 明るい声が、教室に響き渡る。

 休み中一度も会わなかったクラスメイト達は、久しぶりに見る仲間の笑顔に気持ちを上げている。


 幸い、私が陸上部を退部した事については誰も言及しない。それよりも…、


「麻衣ぃ、何ニヤついてんのよぉ?」


 何事もなかったように挨拶を交わした美緒里が、興味津々の眼差しで寄って来る。

 私には、そんな自覚はなかったけど…、でも気付いてもらえて嬉しいかもしれない。


「な、何もないわ。うふふっ」


 何もないとか言いながら、つい含み笑いしてしまう。そう、つまりは大ありな訳で。

 だけど、肝心のあの子がまだ来ていない。私は不安になって、教室内をキョロキョロ見渡す。

 美緒里もつられたように見渡す。


「何? 誰探してんのよ?」

「いや、その…」


 口籠もりながらもニヤけた顔が、自分でも恥ずかしい程に分かってしまう。


「もしかして、そら君?」

「違うわ。そら君だったら探さなくても分かるじゃん」


 窓際で、頭ひとつ飛び出したかのように見える高身長男子。

 別に私は、彼を探したりなんかしない。探さなくても分かるのは確かだけど、たとえ分からなくても、探すという行為には至らない。


 そら君は、こちらを向いて手を上げた。

 これはきっと、「振った」とか「振られた」なんていう“ありもしない話”をかき消してしまおうという意図の表れだと思うし、もちろん私もそのつもりで手を上げ返した。


「麻衣は相変わらず人気者だねぇ」


 美緒里はそう呟くと、何だかんだ言ってそら君に手を振っている。


 そして、ようやくその人(・・・)が現れた。

 少し緊張が走る。


「おはよ!」

「おはようっ!」


 気さくに挨拶を交わしたその女生徒。

 久松美咲。

 私は彼女を見て驚いた。


「休みの間、何もしなかったの。そしたら…太っちゃった」


 ―太っちゃった。

 ―太っちゃった。

 ―えっ!?



「麻衣っ! こんな所で昼寝しないでっ! 掃除するんだから邪魔よっ!!」


 あ、あぁ……え? 何?


 嫌だわ。テーブルの上を散らかしたままで、いつしか夢心地だったわ。


 ところが夢というのは不思議なもので、今さっきリアリティ満載な夢を見ていたのに、目覚めると、その殆どを忘れている。


 覚えてる事と言えば…、


 ―この足でスキップなんか出来る訳ないし。あははは…何だあの夢。


「ほら、これ。夏休みの自由課題なんでしょ?」


 目覚めて尚体を起こさない私の顔に、母は作りかけのTシャツを被せた。


「もうっ! お母さんっ!」

「だったら早く起きなさいっ!」

チョコレートで覚醒するはずだったのに?

あれれ?

怪我というのは、やっぱり疲れるものなんですね。


アクセスありがとうございます。

次回「恋をしてみたかったあの頃[11]

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