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恋をしてみたかったあの頃[9]

 両親は激怒した。


 でも、お兄ちゃんが悪いのではない。私が考え事をしていたのが原因だ。

 どんな状況下でも、スポーツをしている時は競技に集中するのが鉄則。余計な考え事は、記録など出せないばかりか怪我の原因になる。

 何度も繰り返すけど、本当に危険なんだ。


 だけど、「走ろう」と私を引っ張り出したのはお兄ちゃん。相当辛いと思う。


「違うの。私がドジなだけ」


 そうは言ってみたものの、親にしたら怪我で娘の人生が変わるのだから、平静で居られるわけがない。

 そんな中、お兄ちゃんはいたたまれなくなり、夏休みの終わりを待たずして下宿へと戻っていってしまった。


 こうして家庭は、崩壊とまではいかなくても家族がまとまる事はなくなってしまった。


 あとで思えば、お兄ちゃんだって部活があったはず。なのになぜ、このタイミングで帰って来ていたのだろう。

 もしかしたら、何かを訴えたかったのかもしれない。それが何なのかは、その後お兄ちゃんとの連絡が途絶えた事で分かり得なくなってしまった。

 野球、続けてくれているのだろうか。



 腕や肩の痛みは、5日程で随分と(おさま)った。

 ただ、左足首だけはどうにもならない。それもそのはずで、レントゲンの結果、剥離骨折が認められた。

 全治1ヶ月とは言われたものの、骨折のあとの骨は、より強度を上げようとして後遺症をもたらす場合がある。

 私の足にだって、容赦なく襲ってきた。


「この部分が少し変形して、動きを妨げていますね」


 2週間後のレントゲンでは、骨折箇所の変形が、私でも分かるほどにはっきりと表れていた。

 足首の動きが悪くなっている事を医師に伝えたが、それは骨折の後遺症としてはよくある事だとの返答だった。


 もう陸上部には戻れない。


 でもそれは、私自身にとっては好都合だったのかもしれない。

 何しろ怪我がなければ、いつまでも「戻って来い」だの何だのと言われ続けただろうから。


 この一件で私は、服飾の勉強に集中出来るとして、ある意味気が楽になった。


 まだ少し痛む肩を(かば)いながら、通販で買った布カッターを机の上で使ってみる。

 机に傷をつけないよう新聞紙を敷いて、その上に布を広げてみる。


「押さえなきゃ」


 布の端に雑誌を積んでみる。若干不安定だけど、何とかなりそうだ。


「痛っ!」


 それにしても、肩の痛みというのは何とも不便。何とかなると思っていても、ふとした動作で痛みが走る。


 それでもやり遂げたい。

 自分で決めた、自分の進路。これを仕上げる事で、その道は開ける。


 母は心配そうに見つめる。

 専門学校の入試で不合格となる事は、殆どないとは言う。だけど、これを仕上げる事は自身のアピールにもなるはず。


 着てほしい人が居る。その想いはどんどん強まっていく。


「麻衣…、あんまり入れ込みすぎも良くないわ」


 母の声が、背中から聞こえる。

 確かにそうかもしれないけど、勢いがある時に進めたい。そして、夏休み明け。この足でいつ登校出来るかは分からないけど、クラスに居るあの子に届けたい。


 慣れないミシンに苦戦する。

 解説書や動画サイトを見て真似するも、そう簡単に出来るものではない。

 まずはミシンを使うところから練習するのだから、相当な時間を費やしている。

 元々が体育会系女子なのだから指先は不器用なので、扱いは荒削りになってしまう。


「お母さん、どう? これ…」

「う〜ん…」


 何も言葉が返ってこない。やっぱりダメなんだ。試作第1号は、見事なまでにボツとなった。


「本当に作るの?」


 まだ疑われている。でも、失敗作だけど作ってるじゃない。


「ゆっくりやれば? 専門学校に行ったら、幾らでも作れるじゃないの」


 母の言う事は尤もだ。だけど私はこれを、登校日までに仕上げたい。

 勇足かもしれないけど、あの子が着てくれるのを望んでいる。


「そんな急がなくてもいいんじゃない?」

「分かってるけど、学校始まるまでに1着は仕上げたいの。着てほしい人が居るから」


 母は、目を丸くした。


「えっ!? 彼氏ぃ?」


 彼氏なら、こんなフェミニンな色は着ないだろっ!!

幸か不幸か、怪我によって陸上競技人生は終結。

良い服作ろうね、麻衣。


アクセスありがとうございます。

次回「恋をしてみたかったあの頃[10]」

更新は、X または Instagram にて告知致します。

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