山に魅せられて[4]
今回は、登山用品店でのお話。
歩果の対応力が見えます。
大文字山。
京都市左京区と山科区の境に位置し、京都一周トレイルのコースにも指定されている。
言わずもがな8月16日に行われる五山送り火床で知られるが、多くの人々が「大文字焼き」と呼ぶ程の代表的な山…ん? それで良いのかな? 私はそう認識してるんだけど。
兎に角、京都に憧れを持つ人の中で大文字山を知らない人は皆無と言えるんじゃないかな。
私は憧れの先輩の声かけに始まり、チームの皆さんの歓迎を受けて、この大文字山へのハイキングに参加する事になった。
週末、私はまたあの登山用品店に足を運んだ。
次の週末のハイキングに必要な用品を買い揃える目的だ。
ショップにしては重いと感じる扉を、体重を乗せるようにして押し開ける。
体力自慢な登山家にとって、それは何でもない事なのだろう。
その奥にもうひとつ、自動ドアがある。
―自動ドアはいいけど、外側のドアは大きい買い物した人には大変じゃない?
例えば、大きなテントを買ったとして。
数人でのパーティーでのベースキャンプを目的とした大きなテントを購入されるお客さんも少なくないよね。
聞けば、4人用とかになると非常に軽量な物でも8kgにもなり、10kg,20kgなんてのも珍しくないそうだから、そんなの担ぐだけでもめちゃくちゃ大変。
その上でこんな重いドアを開けるなんて…。
そんな疑問を抱いてみても、それは次の瞬間、見事に消滅した。
ドアはすぅっと開いた。
登山するような人なら体力凄いんだから、そんなの余裕よね。私だってスポーツしてたんだから、筋力はそれなりにあるし、重たいドアだとは思っても、余裕で開けれるんだわ。
重いテントを担ぎ、山に登る。想像を絶するハードさを、当たり前のようにこなす体力。
もし、こんなドアひとつに全力を尽くさなきゃならないのなら、縦走登山なんて到底無理よね。
でも、私のは筋力であって、一方の持久力はどうなんだろう。
―やだ! 私、山なんて登れるのかしら?
一気に気持ちが強張ってきた私は、入り口で固まってしまった。
谷山先輩の誘いに乗っかったはいいが、これでは迷惑かけるだけだ。折角職場のみんなとも打ち解けたというのに、こんな事では…。
「やっぱり事情を正直に話して断ろう」
そう呟いて目を開けた。
「わっ!!!」
あの店員さん。朝比奈さんだっけ?
目の前に…。
「いらっしゃいませ、田上さん。大文字山、行かれるんですね?」
「な、な、何で知ってるんですか!?」
「お顔に書いてありますよぉ。きゃはははは!」
書いてあるわけがない
なのに思わず顔を擦ってしまう。
「大丈夫ですよ。歩き方とか、アドバイス出来ますから」
何をそんなに緊張してるんですかっ?
そう言って朝比奈さんは笑った。
屈託のない笑顔。初めて見かけたあの日と同じ。
人懐っこさも、私が最初に受けた印象そのまま。
だけど今この瞬間の私、「アドバイス」なんて言われても…ねぇ。
「さ、誘われたんですけど…やっぱりやめようかなって…」
そんな私に対し、残念そうな表情を浮かべ……ない?
朝比奈さん、普通ににこやかだわ。
「差し支えなければ、やめたい理由なんかを…」
理由?
未知の世界に飛び込むにあたり、体力的に不安なだけで、それ以外に決め手となる理由なんてない。
でも体力って重要案件だと思うのだけと。
「じゃぁあ、やめない理由を数えてみれば、いかがです?」
やめない理由って?
・アウトドアに興味がある
・谷山先輩への憧れ
・職場の皆さんとのコミュニケーション
「ほら! やめない理由の方が多いじゃないですか!! ハイキングにお誘いするって事は、先輩方が責任を持つって言ってるみたいなものですよ。谷山さんがお誘いしたんでしょ?」
本当だ。じゃあやめるべきではないんだろう。
もし私が途中でへこたれたって、山の知識が豊富な谷山先輩が対応してくれるんだわ。
それなら甘えてもいいよね!
それにしても何だ? この朝比奈という女子は。
逃げたい衝動に駆られる私の心を、最もアッサリとひっくり返してしまった。
そればかりか、いつも遠慮がちだって言われる私の心の奥から、“甘えん坊”な部分を引き出してしまった。
この人、只者じゃない。
「で、さっきの質問なんだけど…」
「何で知ってるのか? ですね」
そう言うと朝比奈さんは、少し言葉を溜めた。そしてププッと吹き出すかのように笑うと、予想だにしない一言を放った。
「谷山さん、ここの山岳会に所属してるんです。歳上だけど私の後輩。あははは!」
アクセスありがとうございます。
次回、「山に魅せられて[5]
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