恋をしてみたかったあの頃[6]
放課後、グラウンドの奥から美緒里が猛スピードで駆け寄って来た。
これまで普通に見ていたその走りは、部外者の目になってみると恐ろしく速い。だけど、それでも私のタイムには遥か及ばないと言って悔しがっていたものだ。
「どうかしたの?」
「はあ? どうかした?じゃないわよ。陸上部とバスケ部では、もう麻衣の話で持ちきりよ」
「何で?」
陸上部に退部届を提出した事は、既に校内に広まっていた。じゃあ、これ以上私の事で話題になるネタって何?
「麻衣さぁ、そら君振ったってぇ?」
―は?
「美緒里、アンタ何言ってんのか分かんない」
「だから、その話で持ちきりなんだって」
振ったんじゃない。直接話をした訳でもないので、振るとか付き合うとか、そんな話なんて存在する訳がない。
私はただ、明日菜との話の中で「興味がない」と言っただけなのだけど。
だけど美緒里は言う。
そら君は、どこからともなく私の「興味ない」発言を聞き、ショックで落ち込んでいるのだとか。
明日菜か、若しくは横聞きしていた誰かが、そら君に言ったのだろう。
残念だけど、私には関係ない話。
告白されてその場で断ったのなら、双方の心も痛んだだろう。だけど、そら君の居ない場所で適当に名前が出てきて、その時の自分の気持ちをその場で素直に言っただけであって、この話がその場で収束していたのなら、事実とはかけ離れた話に、そら君も傷つく事はなかったはず。
この噂のネットワークの中心にいる人物こそが、笹川明日菜だと思う。だって、こんな話したのって明日菜以外に思い出せないから。
彼女とは、友達付き合いはしてるけど、腹を割れないのにはこうした理由があるんだ。
あぁ、面倒くさい!
言ってやりたい。
だけど、どうしても躊躇してしまう。
私がここで明日菜にひと言言えば、私はスッキリするかもしれない。
でも、一人ひとりの発言には意味があって、そこに至る経緯もある訳だ。
それらを知らずして怒鳴りつけるのも、逆に明日菜にとって理不尽であり、さらに彼女を傷付ける事になるかもしれない。
こんな事考えてる私も面倒くさい女だ。
「ねえ美緒里。オフレコでいいんだけど…」
オフレコでいいというのも変な感じだけど、とりあえず私は、自分の誤解を解くために経緯を話した。
それも、全て事実ではなくて、所々オブラートに包むようにやんわりと。
「あの女…笹川かっ!」
「いや、その…別に明日菜も悪くはなくない?」
「悪いわよっ! 彼奴つ!!」
あぁもう、どうしたらいいのよ。
て言うか、美緒里と明日菜って、そんなに仲が悪かったっけ?
「と、兎に角、誰にも言わなくていいから」
「言ってもいい?」
「いやっ、言うなっ!」
言いふらされては困る。
女子の間でのそら君の人気は、彼の身長に比例してトップクラス。そんな彼が、私が「興味ない」と言った事に対して落ち込んでいるというのなら…。
「田上がそら君を振って、笹川に二股をけしかけた」
違う。本当に違うの。それは誤解で…。
振ったのではなくて、そら君について明日菜と話をしただけ。
「じゃあ、笹川に二股けしかけたっていうのは?」
「そんな酷い事…」
言ったんだ。確かにそれは言ってしまった。単なるジョークのつもりで言った。話の流れから飛び出た、思いやりに欠けたジョーク。
「美緒里!! アンタねえっ!!」
「恋も100mも、先にゴールした者が勝ちよ」
ゴールだって?
その刹那、ふと気付いた。そうか! この女もそら君の事を、好きだって事ね?
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次回「恋をしてみたかったあの頃[7]」
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