恋をしてみたかったあの頃[5]
「あれ? 麻衣、帰るの?」
―帰るよっ!
翌日から私は、部活には顔を出さなくなった。
戸田先生には、辞めると言った。退部届も出した。
それが受理されたのかどうかは別として、確かに届け出た。
その時戸田先生は、「戻る気になったらいつでも…」と言ったと思う。
最早私は聞く耳を持っていなかったから、それも定かではなく、おそらくは私が知らないだけで、まだ籍は置いてあるのだろう。
校内では、私の名はかなり通っていると思う。何しろ1年生から“陸上部期待の新星”なんて、嬉しくもない褒め言葉を浴びせまくられた。
甚だ迷惑な話だ。
だけど、クラスメイトの笹川明日菜他数名は、私の腹の中をよく分かっていた。
久松美咲も然り。
みんな、腹を割って話した訳じゃない。きっと、部活の話が出ると露骨に嫌な顔をしていたからだろう。
私は女子であり、女子として青春を謳歌したかった。
スポーツに熱中するのを女子らしくないとは思わない。だけど陸上部は、さながら男子の如く荒々しい人ばかりで、その事実が、私がスポーツを拒む気持ちに拍車をかけた。
恋がしたい。みんなそれぞれ、誰が好きとか誰と付き合ってるとか、幸せそうな顔をして話している。
中には「別れた」などと泣き出す子も居たりするけど、それはそれで青春を謳歌していると思うから、やっぱり羨ましい。
明日菜には、同級生の彼氏が居る。
恋をしている事が、私の目には素敵に映る。
「じゃあ、恋してみたら?」
誰に?
言われて気付いた。
彼氏にしたい…いいえ、なってほしい男子が居ない。私の恋心をくすぐる魅力的な人が、少なくとも私の胸の中には居ない。
そんな状態で、「じゃあ恋してみるわ」なんて言える訳ない。
「麻衣はどんなタイプが好みなの?」
そう訊かれて言葉が出なかった。
好みの男子像が、何も浮かばなかった。
「芸能人なら誰が好き?」
芸能人って…どんな人が居るの?
テレビで見た限り、確かにイケメン男子が沢山居る。みんなスマートな体をフルに動かして、激しいダンスをキレッキレに決めている。
カッコいいとは思う。けど、それ以上の感情は持てないでいる。
恋がしたいのに出来ない。
男子に魅力を感じない。
それは…きっと私、100mをより速く駆け抜ける事を求められ、それに応えようと日々練習に明け暮れ、夢とはかけ離れた方向へ向かう中で、乙女心や恋心などをどこかに置き忘れて生きてきてしまったからなんだろう。
人生の半分ぐらいは損をした気分だ。
そして、明日菜はそれを知っていて私にマウントを取ってくる。
「麻衣ならすぐに彼氏出来んじゃない?」
はあ?…だ。
出来るんなら今頃ラブラブだよ。
「そら君とか、カッコよくない? 彼奴、フリーだそうよ」
西山宇宙。
所謂キラキラネームは、宇宙を舞台にしたアニメが大好きな父親が、名付けたそうだ。宇宙みたいに限りなく大きな人であれ。そんな意味を含んでいるそうだ。
だけどそれも、全くもってどうでもいい情報。たぶん数分後には忘れているだろう。
耳に残るとすれば、男子同士で呼び合っている「そら」という響きだけだと思う。
背は高く、顔が小さい。名前負けする事なく空に聳える感じだけど、残念。宇宙には届かないわね。
「どうでもいいわ」
吐き捨てるように出たひと言に、明日菜は悲しげな目をした。
「じゃあ明日菜、二股してみる?」
何て意地悪な事言うの? 私。
でも明日菜という女は…、
「それ、いいかも! あははは! じゃあさ、そら君もらっちゃうよ。いいの?」
「お好きにどうぞ。私は興味ないから」
今、フッと思った。
女子らしい女子って、こんな会話してるの? それじゃあ私、やっぱり女子じゃないんだ。
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