山に魅せられて[3]
今回は、麻衣と職場の人達。
麻衣はTmCのトップス(シャツ/ブラウス,カットソーなど)チームで働く設定です。
結局この日は、何も買わずにただ話を聞いただけで、お店を後にした。
話は面白かったけど、どこか消化不良な感じは否めず。
市川さんのお話は、参加になった。何となくだけど、山に挑む者の心得を知る事が出来た…と思う。
じゃあ、何が?
結局のところ、今の私ではやっぱり、せいぜいピクニック止まりのレベル。
そんな風に感じてしまったから。
そう納得してみたところで、まだ何か燻ってる感じ。
というのも、あの明るい店員さん…朝比奈さんとは、あまり話が出来ていない。
客である私のオドオドする様子を笑い飛ばした、あの明るい店員さん。
もっとお話してみたかったから。
お話してみたい。
次にこのお店を訪れるのは、早くて次の週末まで難しいと思う。仕事終わりに1人で来るのもなぁ…。
そうなると、1週間も先になっちゃう。
今の私に1週間って長いわ。
一方、職場の先輩は…。
「谷山さん。次、どこの山に登るの?」
先輩の名は、谷山有希。
仕事も出来るし、バイタリティを豊富に持ち合わせ、様々な方面に兎に角影響力のある人。
そんなだから、当然人気も高い。
山になんて1ミリも興味のない人が、谷山先輩に山の話を振るなんて事もままあって。
それでも谷山先輩は、上手く話を合わせて対応出来る、頭が良くて優しい人。
「まだ決めてないけど…う〜ん、そうだ! みんなで大文字山とか行ってみます? レクリエーションって事で。大文字山、いいですよ。火床から京都市内を一望出来ますよ」
堂々としてるのに、他の皆さんに敬語使うんだ。
という事は谷山先輩も、まだここでは若手の域を抜け出していないって事。ベテランの先輩達の実力がいかに凄いか、想像出来るよね。
谷山先輩とは専門学校で顔を合わす事はなく、私が入校した年には既にここで働いていたそう。
だけど卒業後も谷山先輩の噂は絶えず、生徒みんなの憧れの存在として記憶されていた。
そんな谷山先輩と一緒に働いている私…。
え? ちょっと待って。みんなで大文字山って?
もしかしてそれって、私も含まれてるのだろうか?
え? え? 谷山先輩に近付くチャンス?
いやいやいや、恐れ多いわ。
それに私、そんな登山するつもりなんてないから。
そんな思いが頭の中に渦巻く様を知ってか知らぬか、先輩の1人が私の名を呼んだ。
「もちろん田上さんもよ、良かったら…」
―え?
「あ、は、はいっ!」
職場の先輩たちの目が、一点に集中した。そう、「はい」と応えた私に。
凄くドキドキした。
目線が突き刺してくる。そんな風に意識してしまった私は、思わず俯いてしまった。
初めて誘われた。
乗っかって良かったの?
―まだここに来て年数浅い身分だっていうのに、少しは遠慮したらどうなのよ。
そんな言葉が、わたしの耳に届かない空間で密かに飛び交っている。そんな気がする。
それって被害妄想なのかしら? でも、私の心の中では、そんな恐怖心が俄かに渦巻く。
―ち、違うんです。声がかかった事そのものに対して返事しただけで。
―い、いえ、私なんかが参加するなんて、そんな…。
先輩たちの冷ややかな目線をかわす盾をいくつか用意しながら、私は恐る恐るそっと顔を上げた。
―え?
周囲を、皆の顔を見渡す。
チームマネージャーの村崎淑乃さんが笑っている。
「田上さん、「はい」って言ってくれて嬉しいわ。初めてのレクリエーションね。楽しみだわ」
あ、あれぇ? もしかして私、歓迎されてる?
仕事ではいつも厳しく険しい表情をしているマネージャーが。そしてチームの皆さんが?
笑顔でグーサインしている!
重いコートは一旦脱いで、身も心も軽くして…。
ちゃんと言おう。言っちゃえ!
「はいっ! 私も、参加させていただきます!!」
「よく言ったっ!」
「田上さん! そう来なくちゃね」
「仕事じゃいろいろ言うけど、私たち、仲間よ」
「そうよ、心配しないでね。みんなで楽しもう!」
仲間。
そうなんだ。
このチームに配属されたからには、チームの皆さんとは仲間でいなくちゃ。
そう言ったのは、少し鋭い目つきをしている夏川妙子さん。
いつも厳しい口調で私を叱り付ける。
一番怖い人だと思ってたけど、本当に失礼でした。すみません。
そして…、
その日がとても待ち遠しくて。
アクセスありがとうございます。
次回、「山に魅せられて[4]」
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