瞼を閉じれば [11]
学校側としては、卒業後の進路については大学や専門学校への進学、或いは就職する事を推奨するだろう。
ましてや親兄弟にとってみれば、安定した将来を望む事が寧ろ当たり前だ。
登山家になる。そう言ったところで、それを生業とする事はほぼ不可能に近いはず。
なのに尚哉は、進学も就職もしていない。
厳密に言えば、学校から得た求人情報には見向きもせず、自分なりの進路を思い描いていたという訳で、それで今はベルグの社員として働いている。
「生田君ね、それでご両親からも学校からも、とても心配されたし、怒られたみたい」
だけど吉野先生は、教師という立場にあって、尚哉が選んだ進路には共感しかなかったと言う。
「求人情報なんか見て決めても、それはある程度提示された進路に乗っかるだけでしょ。生田君は、一から十まで自分で考えて自分でレールを敷いたんだと思う。だから私は応援したわ」
殆どの先生が「ちゃんと求人情報を見なさい」という中で、吉野先生は尚哉の背中を押したという。
尚哉の向かうその先に待っていたのは、憧れの登山家、市川孝次郎氏。
尚哉は市川さんの指導を受け、山の知識を得て、自らの将来の夢に向けた一歩を、この時既に踏み出していたという。
あたしは、そんな尚哉がより好きになってしまった。
「何だか変に盛り上がっちゃったわね」
吉野先生にそう言って見送られ、あたしは学校を後にした。
そういえば…。
あたしは進路を何も決めていない。
親には「大丈夫。心配しないで」なんて言っておきながら、実はあたし自身が一番心配しているのかもしれない。
尚哉に続くか?
そう思ったところで、あたしにはやりたい事がない。
ただ、「高校だけは出とけ」と両親に言われ、それを使命であるかのように励行してきた。
その先にあるもの。何が出来る? 何をしたい?
そんなものは一切持ち得ないまま、2年半を無駄に過ごしてきた気がする。
今、あらためて見つめ直してみる。
「歩果。進路、そろそろ決めないと…」
「分かってる。分かってるけど…」
玲奈は、そんなあたしを気遣ってくれている。そろそろ“友達”と呼んでいいのかもしれない。
だったら、今思っている事を話してもいいんじゃない?
「今ね…親とか学校があたしに望んでるものと、あたしが望んでるものがまるで違って、それで訳分かんなくなって…」
こんな話、玲奈は興味なんてないだろうと思っていた。だけども、意外と真剣に耳を傾けてくれている。
玲奈は微笑んだ。
「あのね、歩果。親とか学校があなたの人生を決めるの? 違うじゃん。歩果の人生は歩果が決めるのよ」
大人の目から見れば、至極当たり前の話かもしれない。でも、思春期のあたし達にとってのそれは、簡単な事じゃない。
親の望みもあれば、学校側から与えられる選択肢もある。近所の顔見知りの人だったり、果てはインターネットであったり、兎に角情報が多過ぎて整理がつかない。
玲奈の言葉は、「生きるのは自分のためだよ」という事らしい。
そうなんだ。自分のために生きてるんだ。
「じゃあ、好きな人のために生きるっていうのは?」
「それも自分のためよ」
一番幸せを感じる事が出来る生き方を選ぼうよ。それが自分のためになるから。
玲奈はそんな風にあたしを諭した。
だったらあたしは…、
進学も就職もしない。
あの生田尚哉という人が自身を幸せと感じてくれたら、それはあたし自身の幸せでもある。
尚哉の傍で暮らしていけたら…。
少なくとも今は、そう感じてやまないから。
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