瞼を閉じれば [10]
「朝比奈さん、あとで職員室に来れる? ちょっと話したいので」
翌日の学校。
あたしは、一応登校した。ただし、授業なんて上の空。ただボーッと教壇に立つ先生を見つめていた。
吉野薫先生。
担任は女性教諭。
言葉は優しげな口調で、かつ芯のあるもの。それがこの先生の持ち味だと思う。
嫌いではなかったけど、好きとか尊敬しているとか、そういうのでもない。
「はい」
授業が終わり、いち早く教室を飛び出したあたしに、先生は声をかけた。
間違いなく昨日の一件だろう。
もちろんあたしは、全て話すつもりだ。
指定された15:45。
それまでは特に何をする訳でもなかったが、教室に居れば、また男子がちょっかいを出してくる。
絶対に男子が来ない場所。
トイレの個室で、スマホを見ながら時間を潰した後、職員室へと向かった。
「単刀直入に訊くわね。昨日はどうしたの?」
何でサボった?とか、どういうつもり?とか、そんな訊き方はしない人だ。
今日もやっぱり、先生の口調は穏やかだ。
悪い事をしたと思う。だから「何でサボったの?」と訊かれると、余計に辛くなる。
先生の訊き方は、罪の意識をやわらげ、話しやすい雰囲気を作り出す。
巧妙だ。
でも、腹の中ではどう思っているかは分からない。
「先生、あたしね…」
言おう。
単位さえ取れれば、あと半年でこの学校ともお別れ。だから、言えるだけ言ってしまおう。
「男子がウザイ。女子が怖い」
先生の目が、丸く大きくなった。
「男子はね、暇があればあたしの傍に寄って来て、面白くもない事をマシンガンみたいに言ってくる。休憩時間だって休憩出来ないの。ずっと愛想笑いでつまらない話ばっかに対応してるんです」
「それって、うふふ…モテるんじゃない。朝比奈さん、可愛いし」
褒められるのは嬉しい。でも先生、違うの。
「あたし、そういうの嫌いで、自分を好きになってくれた人をあたしも好きになって…そんなのがいいの。当たり前でしょ? なのに、好きでもない男子がいちいち集まって来るんです。で、それを見て女子は『いいわね、男、選び放題』なんて言って揶揄うんです。そんな毎日に…」
―疲れたの。
答は分かっている。男子を相手にしなければいいだけ。なのにあたしは、彼らを突っ撥ねる事すら出来ずにいる。
「そう言う朝比奈さんは、好きな人居るの?」
「答えないとダメですか?」
「そういう訳じゃないけど、好きな人居るんだったらそう言っちゃえば、男子だって引くかもよ」
好きな人。
彼氏? 違う?
好きかもしれない人…。
「居ます!」
ふと尚哉の顔が浮かんだ。
ちゃんと「付き合おう」と言われた訳ではないけど、尚哉に会える日は心が弾む。
だからきっと…、
好きなんだ!
「居るんです、好きな人。そうそう、ここの卒業生って言ってたわ。先生、生田…生田尚哉さんって知ってます?」
先生の目がキラリと輝いた。
「知ってるも何も、先生の教え子よ。生田君。そう、生田尚哉君」
担任ではなかったが、日本史の授業を受け持ったという。
尚哉は…、
「朝比奈さんと似てたかも。うふふっ。授業サボったり、居眠ったり…。悪い子じゃなかったわ。でも、真面目でもなくて」
自然が大好きで、草花に興味があり、将来は登山家として高山植物の研究をしてみたい。そんな事を言っていたそうだ。
「どこで知り合う機会があったのかしら?」
その言葉はあたしに向けられた訳ではないけど、どことなく聞きたげな雰囲気に、あたしはつい言ってしまった。
「授業サボって公園のベンチで居眠ってた時よ」
先生は吹き出し、大笑いした。
あたしも思いっきり笑った。
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