瞼を閉じれば [3]
「歩果、帰りにお茶しに行かない?」
玲奈は、いつものような明るく親しげな口調であたしを誘う。
学校の中でも唯一友達と言っていい女子。
だけど今日は、何か違う。
昨日学校をフケるのに付き合ってくれなかった事に蟠りを持っているんじゃない。
そんなのはあたしの我儘なんだから、付き合ってくれなかった事をどうこう言うのは筋違いだ。
決して玲奈に悪印象を抱いた訳じゃない。それは間違いない。
何が違う?
「あたし、今日は寄る所があるの。ごめんね」
他に友達なんて居ないあたしが玲奈の誘いを断るなんて、今まで殆どなかった。
玲奈は少し驚いていた。
「分かったわ。じゃあ、また今度ね」
「うん、ありがとう。またね」
一応あたしは「ありがとう」が言える人で、
その点だけは好きな自分でもある。
だけど、断る理由…、本当の理由を言えない自分は嫌いだ。
そして、玲奈であっても心の深い部分までを話せる程は信用していない。そんな、薄っぺらい関わりしか出来ない自分自身が嫌いなんだ。
歩く事約30分。
自転車にも乗らないあたしの交通手段は、電車、バス、そして徒歩。
電車は通学定期があるけど、学校の最寄駅までの2区間しか使えないから意味がない。バスに乗ろうと思ったところでお金を持っていない。目的地までの移動手段は、徒歩一択。
そもそも自宅と学校界隈しか行動範囲を持たないあたしだから、30分も歩いた先に何があるのかなんて知る由もなかった。
だけど、スマホの地図アプリに従うまでもなく、真っ直ぐ西へ歩けば、そのお店はあった。
尚哉の行きつけのお店。
登山用品店・ベルグ。
「何で山に登ろうと思ったの?」
率直な疑問を抱いて問いかけたあたしに、尚哉はこう答えた。
「そこに山があるから…かな」
何てベタな。
どこかで聞いた事があるかもしれないセリフ。
よくよく考えてみたら、こんな狡い答はない。
何でギターを始めたの? と訊けば、「目の前にギターがあるから」と答えるみたいなもので、つまり何にでも使える“逃げ言葉”だと思う。
それなのに、登山家が言うと情熱的に聞こえるから困りもの。
例えば「何でそんなに酔っ払ってるの?」と訊いて、「酒があるから」答えられると、大抵の場合、「飲んだくれのダメ人間」みたいなイメージを抱くはず。
ところが…。
「そこに山があるから」
その短い言葉の中には、困難に挑む冒険心やなんかが見え隠れしている。
だから素敵で、だから尚哉の瞳も光り輝いているんだ。
イメージ戦略…なのかな?
それはそれで、やっぱり狡いかも。
「いらっしゃいませ」
初めて開けた、重い扉。
そこには、カラフルな登山ウェアや、あたしの体の半分以上もありそうな大きなリュック…バックパックって言うらしい。そして、何をするものなんだろう? 金属製の、不思議な形の道具。
奥の一角には大きなテントが張られていて、椅子やテーブル、簡易的なベッドまで置かれている。まんま生活スペースだ。
ベルグって、そんなお店だ。当然なんだけど、あたしがいつも買い食いでお世話になっているコンビニとは全く違う趣だ。
壁には沢山の靴や杖みたいなのが掛けられていて、あたしが履いているスニーカーとは違い、見た目から頑丈そう。
尚哉はこんなのを履いて歩くのね。
ぽかぁんと口を開けて眺めていると、その奥から聞こえてきた、優しい女性の声。
「あ!」
「え?」
「歩果…」
「佳代ちゃん…何で?」
「アンタこそ何でよ?」
店の奥から出て来た人物。
佳代ちゃんとは?
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