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山に魅せられて[1]

本編スタートです。

主役クラスと主要人物達を取り巻くシチュエーションがお分かりいただける章になります。

 市内の外れに広がる閑静な住宅街。


『登山用品店ベルグ』


 街の中心部へと繋がる大通り沿いに、そのお店はあった。

 凡そ日常とはかけ離れた商品が陳列される、そのお店。

 まだ右も左も分からない私は、分からないなりにも近い将来を夢見て、重い扉を開けてみた。


 開けてみたのはいいんだけど、何から手を着ければいいんだろう?

 予備知識もろくに持たずに訪れてしまった。初めてのこの空間に、私の居場所ってあるのかな?

 少し不安になりながら…。



「何かお探しですか? よかったらお聞きしますけど」


 棚には、正直言って美しいとは言えない、どちらかと言えば無骨な印象の、それでいてどこかワクワク感をもたらす“道具”が並んでいる。

 それら一つひとつを順に手に取って眺める私の背後から、不意に可愛らしい声が聞こえ、ビクッと反応して私は振り向いた。


 その目の前に居たのは、1人の小柄な女性店員。


「あ、い、いえ…」


 別に私は怪しい行動をしている訳ではないはずで、彼女の問いかけに何も言えなかったのは、まだ経験もない登山の世界に足を踏み入れようとする緊張感…。


 いいえ、違う。その…、


 その彼女の煌びやかな笑顔に目を奪われてしまい、思わず言葉を失ってしまったから。

 ―かもしれない。


「ごゆっくりどうぞ」


 彼女はそう言うと、意味不明にたじろぐ私に背中を向ける事をせず、笑顔で会釈して後ずさった。


 嫌だ。何やってんの、私。

 折角声をかけてくれたのに、店員さんが離れちゃうと、また道具を眺めて無駄な時間を過ごしちゃうじゃない。


「あ、ちょっと待ってください」

「はい…」


 ど、どうしよう。彼女を引き留めてしまったわ。


「あの…、私、山はまだこれからで…、訊きたい事はいっぱいあるのに、何からどう訊いたら良いのか」


 ―あははは!


 彼女は笑いを噛み殺すわけでもなく、客である私を相手に思いっきり笑った。

 でも、何の嫌味も感じないし、寧ろ私だって笑った。


「じゃあ、奥のテーブル席へどうぞ。担当の者と代わりますので、お時間ある限りお話させていただきますね」



 キャンプ用品から、ハイキング、本格的登山用品まで並ぶ棚に囲まれた、決して広いとは言えない通路を抜けると、その奥には丸いテーブルとアウトドアチェアが並ぶスペースが。

 彼女は私をそこへ案内すると、ピョンと跳ねるようにスタッフルームへと入って行った。


「ふむ…これは人気ブランドの?」


 聞いた事のあるブランドネーム。その椅子に恐る恐る腰掛けてみる。

 休憩スペースとされているが、取り扱い商品の展示も兼ねているよう。


「おっ! 座り心地いいじゃん。さすが人気ブランドだわ。お値段お幾ら?」


 フレームからぶら下がるタグ。ふと手に取るとそれは、値札。


「ひっ!!」


 思わず立ち上がる。


 ―い、1万円オーバー!!


「まぁまぁ、大丈夫ですよ。腰掛けたから買わなきゃなんて事はないですよ。ははは、どうぞお掛けくださいね」


 そんな私の様子を見ていた、山岳アドバイザー? らしき人が、そんな私を見て笑った。

 思わず苦笑いで会釈する私。


「市川孝次郎と言います。よろしくお願いします」


 68歳男性。

 白髪頭に、同様に白くなった髭を少々蓄える、所謂イケオジ。

 昔はこんな感じの人の事を『ダンディ』と言ったそうだ。

 今も?


「あ、田上って言います。よ、よろしくお願いします…」


 一方で私、何と覇気のない口調なのだろう。

 それは無理もなく、いかにも「登山を極めたぞ」と言わんばかりの容姿を持つイケオジを目の前に、そもそも私は登山というよりせいぜいハイキング。いや、もっと言うならピクニック程度の感覚しか持ち合わせていない。


 登山、ハイキング…。

 同じ意味とされているけど、ニュアンス的には歩行レベルの差で、ハイキングの上にトレッキング。そして登山はさらに上と認識されているようで、私もその例に漏れず、そういう認識を持っている。


 つまり、ピクニックは山に登らずとも成立し、歩行レベルを問うものでもない。

 そんな私がガチな登山家の方と話するなんて、あまりにも敷居が高い訳で。


「私、そんな縦走登山とかって考えてなくて…」


 逃げ出したい。そんな気持ちになって、体がソワソワしてくる。

 だけどこの、市川さんという人は…。


「あっはっは! 誰もそんな事言ってないですよ。さっきね、朝比奈君…あの女の子ね。彼女が僕を呼びに来て、『アウトドア初心者さんで何をどう訊いたらいいかも分からないお客様が』なんて言うから、じゃあ僕が応対しようって言って出て来たんですよ」


 ―へ?


 登山を極めた者だからと言って、難しいエキスパートレベルの話ばかりする訳じゃない。

 どんな有名な登山家でも、当然入門者レベルからスタートしたはず。

 そうなのね。極めたからこそ、入門者の気持ちも分かるんだ。そういう事か。


 妙に納得出来たのだけど、それより印象に残ったひと言。


 ―朝比奈君。


 彼女、朝比奈さんって言うんだ。

アクセスありがとうございます♪

更新は、X または Instagram にて告知致します。


本作でストーリーの要となる本格的な登山は、私自身、未体験ゾーンになります。

幸いよく山に登られていた友人が居るので、その方に取材をお願いしています。

入門レベルのお話かとは思いますが、お付き合いくださいね!

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