山に魅せられて[17]
楽しかった思い出で心を満たしながら、麻衣、これからまたお仕事よ!
頑張れっ!!
次の日の私の足どりは、不思議と軽かった。
好きで選んだ仕事なのに、上手く出来ずに悩む。そんな日々が続き、知らず知らずのうちに抱いていた仕事への嫌悪感。
それは、職場の人達と過ごしたあの1日によって払拭されたのかもしれない。
あの嫌だった夏川サブマネージャーでさえ、大切な仕事仲間であり上司なんだ。
そんな気持ちが芽生えている事に気付くには、全くと言っていい程時間を要しなかった。
「おはようございまーす!」
「あら、田上さん。元気な挨拶、いいわぁ」
「レクリエーションが効いたかな?」
上司の反応が良いと、それだけで心は弾んでくる。
さあ! 今日も型紙の作成だわ。頑張るぞ!
ところが、それだけ意気込んで挑んだワンピースの型紙に、またしても歪みが生じる。
私の悪い癖だ。
「だからね、サイズは合ってても角度が少しズレるともうダメなの」
何故かいつもこうなってしまう。
歪んで合わなくなった線の先端は、チョチョイと誤魔化してしまう。
つまりは横着なんだ。
だから叱られる。そんなだから、みんなの口も歪んでしまう。
そして、叱ってくるのはいつも夏川サブマネージャー。
だから嫌いだった。
でも、大文字山では私を激励し、声援をくれた。
サブマネージャーへの気持ちが少し好転した。
なのに……。
「だから何でこんな所に線を足してるのよ!? 誤魔化しはダメって言ったでしょ!」
はい。そうです。
私が適当に横着するからダメなんです。
でも、一から線を引き直しても、また歪んでくるのです。
そうして悪戦苦闘している間に、もうお昼だわ。
昼食はいつも、自分で作ったお弁当。
作ったなんて言っても、ご飯と冷凍食品を詰め込んだだけ。全くと言っていいほど映えない。
短時間でお腹に詰め込むように食べ尽くすと、外の空気を吸いたくて部屋を出た。
―ポン!
誰かが背後から肩を叩く。
「え?」
驚いて、私はビクビクしながら振り返った。
「宮地さん…」
何故宮地さん?
職場の中でも殆ど話さないばかりか、声すらろくに聞かない。
そんな宮地さんが、「こっちへ来い」とばかりに顎で指示をする。
「宮地さん…な、何でしょう?」
少し間を置いて宮地さんは振り向き、低い声で言った。
「あんまり深入りすんな」
このひと言。
たったこの一言のために、宮地さんは私を呼んだの?
深入りって、何に?
何故宮地さんが?
その意味も皆目分からないまま、訊く事も出来ないまま、私は宮地さんに部屋に戻るよう指示された。
宮地さんは戻って来ない。
もう既に13:00を回っているのに、デスクに向かう姿はない。
夏川サブマネージャーの表情に、不機嫌さが見え隠れする。
私には何も分からない。だから普通に作業にかかる。
「田上さんっ!」
「は、はいっ!?」
「宮地…見なかったっ!?」
―え? 怒られてる?
「見なかったのっ!?」
―見たも見なかったも、私、さっき外でひと言だけ交わしたんだけど。
「あ、い…」
「うえお!!」
キョドる私の、いつもの声にならない反応。そこに、戻って来た宮地さんの声が続いた。
ていうか、馬鹿にされてるわ、私。
ツカツカと表現したくなる夏川サブマネージャーの足音が、速足で宮地さんのデスクに近付くと、
「みや…」
「田上さんっ!!」
「ええっ!? わた…」
「これ、はいっ」
サブマネージャーを無視するかのように私を呼んだ宮地さんは、あたふたする間も与えずに目の前にUSBメモリーを突き出すと、
「これで型紙作って」
そう言って手に握らせた。
呆気に取られるサブマネージャーに向かうと、宮地さんは作り笑いで言った。
「仕事はちゃんとしてますよ。いつものブランドからOEMの依頼」
サブマネージャーの目が泳ぎ出す。
「デザインって、作業室じゃないとやってはいけなかったかしら?」
「い、いえ、良いわよ。ご苦労様」
一触即発の危機は、程なく収まった。
だけどそうなると、サブマネージャーの目は私に向く。
そこだけはどうにも避けて通れないみたい。
「短納期よ。田上さんっ、ちゃんと線引いてね!!」
小さなミスが、のちにどれだけ影響するのか。
繊細な作業ほど、それは大きくなりますね。
きっちりした仕事をして、話は少し砕けて面白い。そんな人が理想的なのかな?
アクセスありがとうございます。
次回、「山に魅せられて[18]」
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