山に魅せられて[16]
決して勢いで決めたんじゃない。
純粋に、ちゃんとした登山…トレッキングぐらいまではこなしたいと思ったから。
ちゃんと山崎さんとお話して決めた事。
なのに今、私の心の奥の誰も知らない場所で、疑問符がクルクルと回る。
「それで、銀閣寺まで哲学の道を歩いて行く中で私の歩くペースを見てくださってたの」
心の奥で疑問符が…。
「登って行く途中で息が切れてきて…」
疑問符…。
目の前に居る、私の話を笑顔で聞く女の子。
「谷山先輩が最後尾に居てくださったから…」
その容姿。
その声。
「田上さん?」
ハッ!?
「話、止まってるぅ! キャハハハ」
「どうしたのよ? 急にボーッとして。うふふ」
めちゃくちゃ焦った。
話の途中なのに、目の前の笑顔に魂を奪われたように、一瞬感情すら失ってしまった。
「ちょ、ちょっとね、そのぉ…」
谷山先輩が、すかさずフォローを入れてくれる。なのに私は…。
「職場のサブマネージャーが、上から声をかけてくれたのよねっ。それが意外すぎて。あれぇ? 無我夢中で、それも覚えてないのかしら?」
「な、夏川サブマネージャーは、いつも上から…」
「その“上から”じゃなくてよっ! あっはっは!」
朝比奈さんって、谷山先輩から職場の雰囲気の話も聞いているのだろうか? それとも勘が鋭いの? 私の何とも惚けたひと言に、見事に的確なツッコミを入れてくれた。
ここで私もようやく笑えた感じ。
場が和み、ようやく自分を取り戻した。そして気が楽になり、引きつった笑いから自然な笑顔に変われたんじゃないかな。
―と思う。
「田上さんって…うふふっ! まだ職場に来て初めてのレクリエーションだったから分からなかったけど、じっくり話してると結構面白いのね」
契約の書類、山岳会会員証と会報。
それらを受け取り、谷山先輩の車の助手席に座る。
さっきの会話が頭から離れないんだろう。それは無理もなくて、寧ろ当然の事のはず。
面白いって言っても、ギャグぶっ込んだりとかそういうものじゃなくて、所謂“天然”ってやつ。みんな笑ったけど、思い返す度に恥ずかしさで顔が熱くなっちゃう。
「家まで送るわ」
「助かります。ありがとうございます」
私は谷山先輩のお言葉に甘えて車に乗れてもらい、すっかり暗くなった京都の道を下って行く。
面白い。
そう言われたって、私は別に笑わせた訳じゃない。
「無我夢中で覚えてない」とは谷山先輩が私の心の内を想像して言った言葉。それを借りるなら、あのタイミングでボーッとしてしまった事を「面白い」と表現するのも自然な流れなんだろう。
でも違うの。
だけど恥ずかしくて言えない。
女の私が朝比奈さんという女の子の笑顔に目を奪われていたなんて、とてもじゃないけど言えないの。
「あ、ここで…」
「いいよぉ、家まで行くから」
「そんな。谷山先輩、帰り遅くなりますよ」
「大丈夫よ。社会人の娘に門限厳しく言う親なんて、どこ探してもいないわ」
大きな車じゃないけど、助手席から見る、ハンドルを握る谷山先輩はやっぱりカッコいい。
センスの良い大人ファッションもさることながら、いつも自信に満ちた表情だったり、何をしても器用だったり、その姿は私はにとって憧れ以外の何でもない。
こんな大人の女性になって、素敵な男性と巡り会い、素敵な恋愛をし、やがて結婚して温かい家庭を築く。
それが、女なら誰もが見る夢なんだろう。
そう思っていた。
でも、少し間違っているのかもしれない。
もちろん谷山先輩のような女性への憧れはある訳だけど…、
恋の相手は必ずしも異性とは限らない。
昨今それは、徐々に受け入れられつつあると聞く。
でも何でそんな事を?
それは、私が考える事?
胸が騒つく。
訳も分からず、落ち着きをなくしている自分がここに居る。
「あ、この駐車場の所で」
「はいっ!」
谷山先輩は、車を停めた。
「ここ入った所なんですけど、狭いからここで」
「うん。じゃあ明日またね!」
ドアを閉め、私は谷山先輩の車のテールランプを目で追いかけ、手を振った。
少し先の角を曲がり、車は視界から消えて行った。
女性が女性に惚れる。
男性が男性に惚れる。
それは必ずしも恋であるとは限りません。
大人の魅力を醸し出す谷山先輩。
少女のような笑顔を見せる朝比奈さん。
麻衣はどちらを目指せばいいのでしょうか。
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