山に魅せられて[13]
とりあえず、私は夏川サブマネージャーからのお叱りを受け、テンションを下げつつ仕事に戻る。
作業はデザインも含めてパソコンで行う事が多い。かつては手書きイラストでされていたそうだけど、その話は置いておく事にして…。
私はまだまだデザインなんて出来る程のスキルはない。頭には浮かぶんだけど、今はひたすら先輩の指示通りに型紙を作る…という段階だ。
一応専門学校でいろいろ習ってはいるので、ある程度の知識は得ている。
持てる知識は最大限活用するんだけど、何しろ学校と社会との隔たりが大きいため、何かにつけて失敗してしまう。
一方で、私の1年先輩にあたる宮地さんはというと、初めからとても器用で勘も鋭く、職場の中でもかなりの期待を受けているそう。
確かにデスクに向かっている時の宮地さんの表情は、とても凛々しい。
背中からは「やる気」という名のオーラが、たぶん私なんかとは比べ物にならない程に溢れ出ている。
―何でコミュニケーション取らないんだろ?
人の事はどうでもいい。今はただ、与えられた仕事をこなすのみ!
そう自分に言い聞かせるんだけど、何故か集中力が持続しない。
朝比奈さんの事、宮地さんの事。
それだけじゃない。今私の頭の中を支配するのは、まだ見ぬ富士山の山頂からの眺め。
下界を見下ろし、歓喜する、私と朝比奈さんの姿。
―え? 何で朝比奈さんが関係あるの?
「田上さん、出来た?」
背後からかかる声に、ハッとする。
私の後工程を担う磐田さん。いけない! 私の型紙を待ってるんだ。
「すみませーん! 急ぎますっ!!」
そう言って再びテーブルに目を向けた私の右背後から、何かもう聞きたくない声が、縫い針のように耳たぶを貫いてくる。
「声だけは立派だけど、早くしないとみんなに迷惑かかるのよ!」
また夏川サブマネージャーだ。
嫌味っぽい口調が、三半規管を震わせて体内の奥に入り込み、腹の底に溜まった泥をを掘り起こすようにグリグリと胸の奥を抉ってくる。
「ちょっと! 静かにしてよぉっ!! 集中出来ないじゃないっ!!」
今の今までパソコンの画面と睨めっこしていた宮地さんが、堪らず叫んだ。
私のせいだ。
私が散漫だから、みんなに迷惑がかかってしまっているんだ。
私がこんなだから、場の雰囲気が悪くなっていくんだ。
宮地さんは、私が作り上げてしまっているこの雰囲気に耐えられないのかもしれない。
血の気が引く思いで、私は再び型紙を作り始める。
早くしなきゃ。
だけど、焦るほどに精度は低くなっていく。
そこに気付いているだけ、まだましなんだ。
17:30を回り、私は凹んだ気持ちのままこの日の仕事を終えた。
「田上さん。ベルグ行くけど、一緒に行く?」
仕事を終えて職場を後にする時、谷山先輩から声がかかった。
何で谷山先輩が? と思ったけど、思い返してみればあの電話だ。
先日のハイキングの事。そして、私が夢見ている…かもしれない…富士山の事。山尽くしの話題ではしゃぐなんて、朝比奈さん以外に考えられないだろう。
恥ずかしさに顔が熱くなった。
「はい……お昼に朝比奈さんから……」
「分かるわよ。ウフフッ」
私は今日、ちゃんと仕事が出来たのだろうか。
精度の低すぎる型紙を渡された磐田さん。
私を中心とした騒めく空気感に、思わず集中力を欠いてしまった宮地さん。
夏川サブマネージャーを怒らせてしまった行為。
今日1日で反省すべき点は多々あるのに、谷山先輩からのお誘いを受けて、全て忘れたかのように笑顔で応える私。
振り返れば自身の馬鹿さ加減が自己嫌悪となって降りかかるはずなのに、それでもテンションを上げて谷山先輩の車の助手席に乗り込む。
何なのよ、おいっ! 田上麻衣っ!!
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