夢の行方[22]
「麻衣ちゃん! 何で牛乳買おうとしてんのよっ! ビールでしょ? ビール」
歩果の声が脳を貫く。自販機の前、ハッとして手を止めた。
違う違う! 牛乳なんか飲んでる場合じゃないわ。
「あ、そうだ! お風呂上がりはビールだねっ」
あれだけ言ってたのに、何やってんの私。
昨日は妙義山チームに気を遣って飲むのは控えた。今日は2人きりなんだから、ガッツリ行っちゃおう。歩果とそう話してたんだからねっ。
フロントから部屋へ、部屋からお風呂へ、お風呂からまた部屋へと、館内を隅から隅まで所狭しと動き回る歩果と私。高級旅館に来て、まあ何と落ち着きのない2人だ事。
それも致し方のない事で、奔放な歩果は当然はしゃぐし。
一方の私はというと、お風呂での高揚を誤魔化すのに必死。きっと歩果はそこに気付いていないと思うけど、半ばパニックのような私の頭はもう冷静さを失ってしまっていたのだから。
それも時間が過ぎれば落ち着くのだろうけど、今はそうもいかない。だって…好きになってしまった人と2人きりの旅なんだから。
伝えたいのに伝えられない想い、伝えると壊れてしまいそうな心は、鎮まるどころかさらに加速しそうだ。
「食事は館内レストランって言ってたよね」
「麻衣ちゃん、もうお腹空いたの?」
「歩果は空いてない?」
「訳ないじゃん! きゃはは」
「「…っていうより、ビールー!!」」
夕食には少し早いのかもしれない。だけど、営業時間にはなっているので、私達はゆっくり…うふふっ…ビールでも飲みながら食事をしようと、夕食会場である館内レストランへと入って行った。
ほろ酔いになったら、少しは大胆になれるかしら?
レストラン受付では、チェックインの際に受け取った夕食チケットをスタッフに手渡し、決められた席に着く。
しばらく待っていると、前菜から順に料理が運ばれてきた。
「やっぱりキノコね」
「メインディッシュは?」
「何だろねー。とりあえず、乾杯」
「何に?」
「決まってんじゃん。廃線アタック成功にぃ」
「「カンパーイ!!」」
今日一日、かなりの運動をしたと思う。平坦な道だって、11kmも歩けば結構疲れる。それを、殆どの行程で登り坂。
しっかり体を動かした後のビールって、爽快だわ!
やがて、メインディッシュが運ばれて来る。
「肉?」
「肉ね」
「こちら馬刺しでございます」
「わお!」
しっかり肉なのにヘルシー。そして美味しい。
信州らしくて最高じゃん!
「歩果。写真撮っとこ」
料理の写真。
歩果の写真。
私の写真。
ふと、スマホの通知を見る。
「歩果。藤野さんからメッセージ入ってるわ」
「あたしには亮お兄ちゃんから」
『妙義山アタック、成功だよ! 山頂からの写真」
「「おおーーー!!」」
嬉しい情報が舞い込んできた。妙義山チームは、あの険しく難易度が高いとされる表妙義・相馬岳を制したという。
気力、体力、技術。それら全てが伴わなければ不可能な、岩峰登山。亮さんや山崎さんはベテランだけど、藤野さんの初登頂はお祝いしたいわ。
「歩果?」
「うん。お兄ちゃん…凄い」
また、少し悲しげな目をした。
その潤んだ瞳が、私の胸を打った。
「歩果…」
「おめでたいよねっ! 感激しちゃったぁ!」
―違うわ。それは、誤魔化してるんでしょ? だって歩果、「登山なんて嫌い」って言ってたものね。
その真意は私には分からない。
そしてその後、歩果はまたあの屈託ない笑顔に戻って料理を食べ始めた。
美味しくて、ビールもどんどん飲んで、顔を赤らめた私達は、部屋に戻ることにした。
アクセスありがとうございます。
次回「夢の行方[23]」
第7話最終になります。
更新は、X または Instagram にて告知致します。




