山に魅せられて[12]
舞台は職場に戻ります。
心も現実に向けられれば良いんだけど…
大文字山に登った私。
初めてのハイキング。
職場の先輩達とも打ち解け、居心地が少し変わった気がする。
やっぱりレクリエーションは良いよね。人と人とを近付けてくれるんだ。
そして、それよりもたかだか標高472mの山の頂に辿り着いたというだけで、単純な私の気持ちは有頂天に。
山に登った事が?
いいえ、もしかしたら違うのかもしれない。
山に登った事で…、
あの程度のハイキングであっても、山に登った経験を語れる。たったそれだけで、朝比奈さんに近付けた気がしてならないの。
レベルは違いすぎるのだけども。
だけど、同時にひとつだけ気になる事が。
宮地さんは、何故こんなに楽しいレクリエーションに参加しなかったのだろう。
確かに、いつもワンマンプレイな人だ。だけど、参加してみれば意外と馴染めたりしない?
―BOOM BOOM BOOM……
胸にぶら下げたスマホが、気忙しく震える。
「誰だろう?」
職場の人達は目の前に居るし、友達ならメッセージを送ってくるはず。
ここに居て、電話なんて殆ど使う事はないんだけど。
―どうせ適当に電話番号入れてかけてる、何かの勧誘だよね。面倒くさいわ。
そう思って無視したけど、少し間を置いてまたかかってきた。
知らない番号とはいえ、繰り返しかけてくるなんて、何か大切な用事なんだろうか?
その番号を、検索アプリに入力してみる。
「出た。え? あ……」
アウトドア用品ベルグ。
―ベルグぅ? 何だろ? 私に用事なんて?
「もしもし…」
「わっ! 田上さぁ〜ん!」
電話の向こうではしゃぐ、アニメチックな声。朝比奈さんだ。
―社用電話でしょ? 何で個人的に使ってんのよ!
「だってぇ、あたしのスマホからかけたら、田上さん絶対出ないでしょ?」
そりゃそうだ。
発信者も分からないなら、出る訳がない。大抵の場合、くだらない勧誘だったり迷惑電話なのだから。
「で、なんの用件ですか? 私、お店に忘れ物とか……」
「ないない。そんな事じゃなくて、うふふっ! ハイキング、どうでした?」
大文字山の件? 何と個人的な用件だこと。
彼女、そんなの聞くためにわざわざお客様名簿開いたのね。
そう思いながらも、朝比奈さんと会話をしている。ただそれだけで、何故か嬉しい。
「あ、じゃあ夕方にお店行くから、その時に聞いて」
とりあえず、私も仕事しなきゃだわ。
朝比奈さんからの電話を一旦切り、パソコンに目を向ける。
―駄目だ。集中出来ないよぉ。
さっきの電話をふと思い返した。
―私、『聞いて』って言ったよね。「お話します」じゃなくて、「聞いて」って。
それはきっと、無意識のうちに朝比奈さんと会話する事を楽しみにしてるっていう事なんだ。
無意識? それも違うのかもしれない。
いいえ、そんな事はどうでもいい。兎に角朝比奈さんと時間を共有したいのは間違いないし、そういう事にしておけば納得出来る。
聞いて…って?
自身の意外な言動に、思わず高揚してしまう。こんな事でドキドキしてしまうのも意味不明なんだけど。
「田上さんっ!」
―ハッ!
背後から夏川サブマネージャーの声。
ハイキングではあんなに笑い、あんなに優しい人なのに、仕事となると嫌になるぐらい厳しい。
もちろんそれはそれで大切な事で、公私の棲み分けをきっちりされている訳だけど。
「私用電話は…」
「はい、すみません」
「かかってきたのはしょうがないけど、手短に済ませなさいね!」
あれ? もっと叱られると思ったわ。
もしかして、ハイキングで打ち解け合えたからかしら。
だけどその時、職場内のみんなの顔を見渡したら……?
宮地さんの表情がこの上なく不機嫌に映った。そう、怖いぐらいに。
みんなで楽しんだ。
みんなとの距離は縮まった。
それでも埋まらない距離は、存在するのですね。
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