夢の行方[10]
何も知らない2人の前で、麻衣は溢れそうな想いを押し殺して…。
夢乃さんの退院の一報を受けた事で、私も心置きなく廃線ウォークに行ける。
私ってとても単純で分かりやすい性格なんだなって思うけど、それでいいじゃん。楽しめるんだから。
普段から仕事頑張ってるんだから、休日は自分にご褒美よ!
仕事を終えて、夕方、いつものように私はベルグへと向かった。
歩果と行く廃線ウォークが、楽しみでならない。“ご褒美”なんて、自分に都合のいい解釈をして、意気揚々。
それもやっぱり、夢乃さんの退院あっての事。
私の夢乃さんへの想いは、このあとの会話が物語る。
徐々に日没時刻が早まる秋。地下鉄の出口から見えてくる街は暗く、街灯の灯りに街路樹が浮かぶ。
日が落ちれば急速に下がる気温。この冷んやりした空気に、季節の移ろいを感じる。
「いらっしゃいませ〜」
仕事で疲れた体に、アニメチックヴォイスのエッセンスが注がれる。それだけで何故だか一気に体力が回復した感覚になる。
そしてもう1人。
「いらっしゃいませ」
全く異なる声質。おや? 藤野さんって、結構声が高いのね。
「そりゃあ、淡色組織の歌だって歌うもん」
「嘘つけ!」
間髪を入れず、歩果のツッコミが入った。
夢乃さんのヴォーカル、女性だって歌いこなすのは難しい高い声。そりゃ藤野さんに限らず、男性の声では無理だわ。
「どうせ濁声に決まってんじゃん」
「何だとぉ!?」
―あっはっは!
淡色組織は、私も夢乃さんと出会ってから、よく聴くようになった。
J-POPにハードなロック、美しいメロディラインのバラード。
多彩な音楽性を持つ、ガールズバンド。
「藤野さんも好きなんですね!」
「うん。京都在住のバンドだね。最近は活動してないみたいだけど」
本当に何気ない、好きな音楽についての話なんだけど、私は言葉に詰まった。
夢乃さんの病気は、発表されていない。そして、この事実は勝手に語ってはいけない。
喉から溢れそうになる想いにストップボタンを押し、少し俯いた。
刹那、私の興味は彼の隣へと移った。
この人はどうなんだろう?
「歩果は?」
「音楽かぁ。好きだけど、誰がとか、そんなのはないかなぁ」
音楽自体は好きなんだ。でも、誰のファンとか、どのジャンルは苦手とか、そういうのは気にしなくていいんだ。よーし!
「じゃあ、淡色組織を聴けっ!」
そう言って私は、音楽配信サイトから好きな楽曲を2曲、メッセージアプリで歩果に無理矢理送り付けた。
歩果は早速再生して聴いてみた。
「テンション上がる?」
ロックナンバーだと思ったのか、藤野さんはアゲアゲ状態。
でもね、違うの。淡色組織の名曲。あの2曲よ。
「泣くわ、これ」
「確かに…」
雪降る街に想いを馳せ、君と夢見た。
だけど、君は居なくなってしまった。
そんなバラード。
「悲しいじゃん!」
「そうね。じゃあ、これ…」
「切ないね」
好きになった人にはもう恋人が居て…。
貴方を記憶から消してしまいたい。なのに…。
あぁ…、名曲が次々と却下されていく。
「でも、好きだよ。いい曲ね」
お! 私と藤野さんの目が、きっと歩果には眩しいぐらいに輝いたんじゃないかな?
「そうよぉ! あとね、ヴォーカルの人の声。感情表現が凄いの」
「めちゃめちゃ上手いよな。発声だけで喜怒哀楽を表現するんだぜ」
「そうそう! 何だっけ? ヒー…」
「ヒーカップ。声が一瞬裏返る感じのあれね」
「それっ! それで泣かされるの」
藤野さんと一緒に、好きな音楽を語る私。めちゃめちゃテンション上げつつ、でも、もう限界。今にも涙が溢れそう。
―え? 歩果…?
「感動して…あはは…泣けてきた。本当に泣けてきたよぉ」
歩果が思わず泣き出した歌詞。
ちょっと気になりません?
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