夢の行方[8]
「そうなんだ。ちょっと茶化しすぎたわね。麻衣ちゃんごめんね」
何だかんだ言って、私は歩果に仕事の話をしてしまっている。ただ、そのモデルさんや事務所の社長さんが誰なのかはひと言も言っていない。名前は出すべきじゃないし、モデルさんが病気だとも言わない。
だけど…。
「結局仕事の話ばっかしてるよね、私。歩果には皆目分かんないよね」
「うん! 分かんないから全部忘れた」
ありがとう。いい切り返しだわ。
「それで、廃線ウォークがね」
「それよぉ。行けないなんて言ったら淋しいじゃん」
そう、淋しい。淋しいのよ。だから行きたいのよ。
言葉を詰まらせてしまい、店内を見渡して誤魔化そうとした。
何でそこで私は「淋しい」と言葉にしなかったのか分からない。歩果ははっきりそう言ったというのに。
「だけど…、行っといでって言われたんでしょ? じゃあ遠慮する必要なくない?」
「そうなんだけど…」
「分かるよ。麻衣ちゃんの気持ち。で、その怖いデザイナーさんは何て言ってるの?」
―デザイナーさんは…怖い?
「めっちゃ話覚えてんじゃん!」
「きゃははははは!」
あぁ、何かスッキリしたかも。歩果の奔放なトークには、いつも元気付けられるわ。
兎にも角にも私は、もう廃線ウォークに参加する体でいる。
藤野さん達が妙義山へ向かったあとは、京都に帰るまで歩果と2人きり。
いっぱい話したい。
仕事の話は、もうしない。いつも話してるのは、山の事。だから、その日は山以外の事もいっぱい話そう。
何を話そう?
あ、あれ? 私、何の話が出来るの?
陸上競技。ファッション…は仕事になっちゃう。
高校時代の事? 不登校の話? そんなの、する?
恋? 恋なんて、まともにしていないわ。部活ばっかで、秒に追われてたもの。
あと、そら君とは付き合った訳でもないし。
今だって…今…恋???
私、今までの人生、何やってきたんだろう。
高校生の頃、凄く恋に憧れてたのに。
覚えてる事なんて、100mを誰よりも速くとか、足を怪我して陸上部引退とか、久松美咲のためにTシャツ作ったとか。
きっと、普通の女子高生とは生き方が違うんだわ。
「あはは…! みんな恋だけじゃなくて色々熱中してるのよ。恋だって、そこに至るまでに凄く葛藤があって、結局付き合うまでには至らない子だって沢山居たわ」
にわかに金木犀が香り始める道。ベルグの前の駐車場で、車に乗り込む事もせず、俯く私にユウさんは優しく声をかけてくれた。
誰もが好きな男子と付き合える訳ではなくて、だからこそ青春なんて言葉が囁かれていたのね。
失礼なんてひと言で括るけど、そこには人ひとりずつ、それぞれ違う恋があって、それぞれ違うアプローチがあって。
付き合う理由だって、“好き”にも色々あるし、失恋する理由も様々。
みんな葛藤を繰り返し、笑い、そして涙を流す。
私は、そんな複雑なようで単純な“青春”と呼ばれる時代を、あっという間に走りきってしまったのかもしれない。
「じゃあ、今から青春始める?」
「な、な、何ですか、それ?」
「あはは…。人はね、人生の中で必ず恋に落ちる時があるのよ。麻衣が言う、青春イコール恋っていうのが定義に当てはまるのなら、今からでもその青春ってのを始められるんじゃない?」
「ユウさん、言葉難しすぎ」
「単刀直入がいいのね? 例えば相手。藤野君とか」
―藤野さん? ふうん…、悪い人じゃないけど。
「じゃあ、歩果とかっ」
「歩果…? え、え、えっ!?」
「あっはっは!」
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