頂へ[12]
4人は歓喜の声を上げた。
見渡せば、360度の大パノラマ。されど広場など存在しない。
氷河で削られた、この鋭利な刃物のような岩峰は、登山者を労ったり憩いの場を与えたりなど、一切しない。
どんなに声を上げようと、頂に立てば、またこの岩稜帯を下って行かなければならない。
そこには、また剱岳の誇る最大の難所とされる内のひとつ、“カニのヨコバイ”が待ち受けている。
体力は回復などする間もない。次のパーティが山頂へと向かって来る。この狭いスペースは、自分達だけのものではない。次に登頂する彼らのために空けて行かねばならないんだ。
「さあ、下りましょう」
「家に帰るまでの全てが登山ですね」
ドリンクを飲み、写真撮影を終えると、もう休憩タイムは終了。
あらためて装備を確認し、5人はまた、さらに続く難所へと挑む。
カニのヨコバイは、その名の通り横に這うように進む鎖場で、下山道に設定されている。
これにより、技術的危険度は抑えられていると思われる。
だけど…。
「リスクを言えば、下りなので下を見てしまいがち。それと、足がかりが見えにくい事。基本的に赤くマーキングしてあるけど、マーキングがない所もあるから、しっかり探ってください」
「あとは3点支持だね。鎖は確実に掴んで。でも、力を入れ過ぎない事。これは登る時も同じだ」
足がかりが見えにくいという事は、それだけでも恐怖心を煽ってくるものだ。
下って行くのだから、足がかりは体より下になる。それ故の見にくさがあるという事だ。
「じゃあ行こう。岡崎君、僕のあとから来て。まずは右足から降ろすんだ」
「右足…え?」
「見えにくいだろう?」
「ど、どこだ…?」
亮お兄ちゃんは、先行する筒井さんの仕草を見様見真似で足がかりを探る。
高度感が半端ない。そして、踏み外せば上りより恐怖心が強くなる。
「これか! これだ。よし!」
「OKだ。この先も、赤いマークを見逃さないように来て!」
亮お兄ちゃんに続いて市川さん、そして尚哉が続く。
「生田君、ゆっくりでいいから。足はしっかりかかるからね」
「はい!」
両手で鎖を握り、左足との3点で体を支えながら、右足で足がかりを探る。見えないというのは、やっぱり怖い。
「足、かかりました!」
「よし、そのまま市川さんに続いて行け。ペンキで赤いマークが付けられているだろう? それが足がかりだから、見逃すなよ」
「はいっ!」
尚哉の精神力は、パーティの中でもとても強靭だ。火事場の何とかって言うけど、窮地に立たされた場合でも、この強靭な精神力が目を見張るほどの力を発揮する。
さっきのカニのタテバイでの立て直しがそうだ。
とはいえ、長い時間ずっと鎖場で奮闘してきている故、体力の消耗は激しい。
そこに恐怖心が加わり、心拍数が上がると同時に呼吸が荒くなる。
尚哉は、ついにその場で立ち止まった。
「生田君! 後は気にするな! 自分の呼吸に合わせたペースで進んでいい!」
「足が…ああっ! 痛えぇぇ」
「さっきの立て直し技を思い出せ! お前ならやれる! やれるんだ!!」
「やれる」
そうは言われても、足だけじゃない。最早鎖を掴む腕も、筋肉が悲鳴を上げるような感覚に陥った。
「大丈夫だ。休もう。あと少しだけ頑張れ。ほら、あと4〜5m進むんだ。そこなら休める。少し時間を置いていい」
山崎さんからそう檄を飛ばされたものの、ここまで必死の思いで耐えてきた体は、もう思うように動こうとしない。
メンタルは強靭なはずの尚哉の心だけど、いよいよ少しずつ崩れ始めていた。
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次回「頂へ[13]」
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