頂へ[9]
岩稜帯。
パーティはいくつもの鎖場をこなし、頂を目指す。
そこに待ち受ける難関の数々。
「ここから鎖場だ。筒井さんに先行してもらうから、よく見て」
市川さんの言葉に頷くと、尚哉と亮お兄ちゃんは筒井さんのテクニックをじっくり見た。
見逃したって、「もう一度」なんて事は不可能。筒井さんだって、ゆっくり登ってくれている。その動きを、今度は自らが実践しなければならない。
鎖の使い方、足の運び、バランスの取り方など、今まさに挑まんとする岩場へのアタックに必要な技術が、これでもかと言わんばかりに2人に向けて披露される。
危険箇所とは言うけど、筒井さんは危なげなく安定した登攀をこなしていく。
「岡崎君!」
「はいっ!」
筒井さんに続いて、亮お兄ちゃんが挑む。
鎖を掴んだ手が強張る。
「鎖に頼りきってしまうと越えられないぞ」
「3点支持だよ。片手で鎖、片手で手がかりを探して、足は片足ずつ岩にかけて」
言われる通りにしたい。だけど、実際に岩に張り付くと、どこに足をかければいいのかさえ分からなくなる。
「僕が行ったのと同じじゃなくていい。自分でかけられる場所に足をかけて! そうだ! その調子」
亮お兄ちゃんが、この鎖場をクリアした。だけどここに来て、尚哉が痛恨のミスをした。
「うあっ!」
「大丈夫か?」
足を岩に上手くかけれず、踏み外してしまった。この一瞬のミスで尚哉に恐怖心が生まれて、鎖を鷲掴みにしてしまった。
「まずは足がかかる所を探せ!」
「よし! その足に重心を置いて、手がかりを探すんだ」
「片手を放して! 手がかりを探せ!」
「あ、あぁ…」
「片手を放せ! でないと進めないぞ!!」
苦しい。恐怖心と腕への負荷に、尚哉は顔を歪める。
「片手を放せ! 手がかりを探すんだ!!」
「う、うぉああああーっ!!」
「いいぞ! 岩にかけた手と足で進め。鎖に頼るなよ!」
「よおーし!!」
剱岳登山における鎖場としては、まだ短いとされる5番鎖場をクリアした。
「今のが“前剱の門”だ」
「橋の方が怖かったっすね」
「何を〜、コイツう」
―あっはっは!
しかし、笑ったのも束の間…、
「またかよぉ!」
「6番鎖場だよ。この辺りはもう岩稜帯だから、頑張るしかないね」
「行けんだろ、亮」
「何だよ尚哉! 俺はお前みたく踏み外したりしないぞ」
「うるせ! はっはっは」
前剱から剱岳を眺めると、何とも雄々しい容姿を持つ岩峰である事が分かる。
剱岳を制するという事は、天を切り裂くかの如く鋭く尖ったあの岩峰を制する事。これから待ち受ける、さらなる高難易度のセクションに、尚哉と亮お兄ちゃんは不安を拭いきれないまま、それでも登頂への意欲を露わにしていた。
「ここまでの鎖場は、ウォーミングアップだ。カニのタテバイ、ヨコバイ。こいつらを攻略しなきゃ、登頂出来ないからね」
容赦なく続く鎖場を必死の思いでクリアしながら、意気込みとは裏腹に体力を消耗していく。
傾斜もかなり急となり、高度感も上がる。即ち、恐怖心がどんどん高まっていく。
6番、7番鎖場や、“平蔵の頭”と呼ばれる大岩周辺では、手がかり足がかりのポイントも限られてくる。
「ゆっくりでいい。手足をしっかりかけて、鎖は補助と思え!」
「下を見るな! 手足に集中しろ!」
「下を見るな! 亮! 下を見るな!」
亮お兄ちゃんは、恐怖のあまり下を見てしまった。恐ろしい高度感に、心拍数が上がる。
「岡崎君! 僕を見て! ほら!」
筒井さんが、亮お兄ちゃんを呼んだ。亮お兄ちゃんは、筒井さんを目標物と捉えて再び進み始めた。
「そうだ! 僕に向かって来るんだ!」
「尚哉は?」
「俺は心配要らん。山崎さんと市川さんが後から来てるから」
「おうっ!」
鎖場。立ちはだかる岩の壁は、いよいよ本番と言われる“カニのタテバイ”へとステージを変える。
その様子を目の当たりにした2人から、思わず唸るような声が溢れ出た。
「おお…」
「う、ううっ…」
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