頂へ[6]
登山開始。
まずはその序章。
まだ日も登らない、薄暗いキャンプ場。
登山家達は、早朝からゴソゴソと動き出す。
「今日は剱山荘までだけど、体力は温存しながらだからな」
「はいっ!」
重い荷物は置いて、アタックザックに必要最小限の持ち物を詰め込む。
剱山荘では、食事付きでの宿泊が可能だ。そして、寝具も用意されている。
必要とされる物は、昼食を2日分と調理器具など。
アタックに必要な道具と言えば、ヘルメットもそうだ。絶対に忘れてはいけないものや不要なものをお互いが確認し合い、分担してザックに詰め込んでいく。
そして、雨具と防寒着。
山の天気は変わりやすいと言うけど、これは風が山の斜面にぶつかって上昇気流となり、冷やされた空気が凝結して雲を発生させるから。
こんな現象が常に起きているのだから、どんなに晴れていても次の瞬間に雨…なんて事も、高山ではよくある話だそう。
雨は体を冷やす。
冷えは、場合によっては命取りだ。
5人はそれぞれの荷物を詰め込んだザックをもう一度回し、メンバー達に確認してもらう。これは市川さんがよくやる手法で、他人の目で再度確認すれば、より確実な荷作りが出来るんだと仰っていた。
さすが百戦錬磨の市川さんね。
「さあ、行きましょうか」
4人の気合いとは裏腹に、筒井さんの口調はとても穏やかだった。
今日はまだ、カニのタテバイ・ヨコバイに挑む訳じゃない。別山乗越を通る、およそ3時間半の歩行になる。
今から気合を入れすぎては、気力が持たなくなる。緩やかな登山道を歩く時は、無駄に気を張るより最低限必要とされる注意を払っていれば大丈夫。
5人は雷鳥沢から初めの一歩を踏み出し、まずは木橋を渡り、少し急な坂道を登り始めた。
「ほら、あそこ。見てごらんなさい」
筒井さんはそっと指差し、声を顰めた。
「ほう、雷鳥ですね」
「そう。この坂は、雷鳥坂って呼ばれるんだよ。結構な確率で雷鳥に会えるからね」
特別天然記念物・雷鳥。氷河時代を生き延びて、今も尚命を繋いでいる。
「この辺りがね、生息域の南限になるんだ」
冬には白い羽根に生え変わり、雪の中で美しく映えるという。
「今はまだ夏毛。雪が積もり始めたら、彼らの羽も生え変わっていくよ」
5人は、一気に別山乗越へと歩行を進め、およそ430mの標高差を、尾根まで登って行く。
「まだ序盤だぞ。亮」
「何言ってんだよっ! ほら、息も切れてないし余裕だよ」
「岡崎君は、あれから足の運びも改善出来て、良い歩きになったね」
前回のアタックでは、亮お兄ちゃんは若さを誇示せんとばかりにペースを上げ、息を切らし、結果高山病にも似た症状を発症してしまった。
それが、剱山荘から先のガレ場だったって言っていた。
その後、いつくかの低山で慣らし、自分のペースを掴んでいた。
褒められて、鼻高々じゃん。
そしてそれは、尚哉をはじめ他の4人にも劣らない、充分な速度を伴っていた。
急坂ではあるけど、5人のパーティは確実に足を進め、グングン高度を上げて行った。
「見ろよ!」
「おお!」
「ああっ!」
「すげー!」
聳え立つ岩峰。別山乗越から、剱岳を見た。
明日はこの美しい山に挑むんだ。そう思うと、全身から力が漲ってくる感覚を覚えた。
尚哉は、亮お兄ちゃんは、静かにかつ力強く拳を握り、その先の頂を見つめた。
いかがですか?
序章って言ったって、もう尾根へと歩行を進めていくのですね。
アクセスありがとうございます。
次回「頂へ[7]」
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