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1 東の出身なんだ、と少年は言った。

 東の出身なんだ、と少年は言った。


「二年前に東国との紛争があったでしょう。その陣地を築いたのが俺の故郷。王太子殿下が築いた拠点の世話を俺達の一族がやっていて。俺の一族は――割と荒事が得意なんだ。それで王太子の部隊に混じって戦って、あれやこれやとしているうちに偶然王太子の命を助けることがあって――。つい先日王都で褒美だと大金を貰った。故郷には職がないから王宮で働こうと思っていたんだけど。貴族じゃないと格好がつかないという――どこかの下級貴族の家督でも買うかなと悩んでいたら王宮の使者が来て。イルゼ子爵の家督を買えと言われた」


 少年は案外、饒舌だった。

 すらすらと台本でも読むように身の上と経緯を語る。


「それで、イルゼ子爵家――子爵家を田舎者に売るなんてこの国の王様は頭がおかしいと思うけど……買ったら、あなたがついてきた。ということで、俺は今日からあなたの夫になるみたい、です。よろしく。何か質問は?」


 シオンと名乗ったエキゾチックな顔立ちの少年は玄関の階段をゆっくりと上ってさらに尋ねた。

 女性にしては背の高いサラを見下ろす程度には、少年の身長はあったが――やっぱり柔らかな頬のラインは大人とは言いがたい。


「……あなた、いくつ?」

「もうすぐ、十六になる」

「まだ十五じゃない!!」


 サラは悲鳴をあげてその場に崩れ落ちた。

 少年は困ったな、というように少し肩をすくめただけだった。

 そんな風に、サラの結婚生活ははじまり何の感動も、さらにいうならさざ波すらたてずにサラの「夫」シオンはイゼル家に滑り込んできた。



 *

 潰れると外聞が悪い子爵家に夫をあてがう――それは分かる。

 だが、どうして夫が、いたいけな少年である必要があったのか。非常に理解に苦しむ。


「国王陛下の嫌がらせなんじゃないかしら?」

「何がです?」


 サラが自室で書類とにらみ合いつつぼやいていると、部屋の掃除をしていてくれた侍女のソフィアがくるりと振り向いた。

 同い年で可愛い少女だが、頭から覗く耳の形がちょっと変わっている。

 モフモフとした獣耳それにしっぽも見える。

 ガゼアには少なくかつ忌避される狼族の少女だ。屋敷の前にいきだおれていたのをサラが拾って十年、今に至る。

 使用人というより、実の妹より妹のように育ってきた相手だ。



「だって、十五よ?十五の少年を夫に……だなんて、正気ではないわ!」

「いいじゃないですか、貴族なんだし。年の差結婚なんて珍しくないですよ。それにシオン様――美少年だし」

「なおさらよくないわよ!あんな……子供を、売り買いするような……人倫にもとる……!」


 机の上にサラは突っ伏した。

 貴族で年の差の結婚なんて珍しくはない。だが大抵は男性の方が年上だ。

 老い先短い因業爺が若く貧く美しい少女を妻として「購入」するなんてのはよく聞く話だ。

 悪しき風習だわ、唾棄すべきだわと思っていたのに……。

 サラも全く同じ立場になってしまった。


「それはちょっと違うんじゃないんですか?売りに出されていたのはお嬢様と子爵家で、買ったのはシオン様です」

「……それはそうだけど」

「悪いのはシオン様でお嬢様じゃないですよね?だったら気にしなくていいです!ウィンウィンですよお」


 ソフィアが「ね!」と楽しげに励ましてくれる。

 そうかなあ、とソフィアは再び頭を抱えた。

 ――と、噂をすれば影。シオン少年が執務室にひょいと顔を出した。


「サラさん」

「ああ、シオンおはよう。どうかした?」

「物置に錆びた剣と銃がいくつかあったんですけど、修理に出してもいいですか?」

「物置も、そこにあるものもあなたのものよ――好きにしていいのに」

「夫婦なんだから共有財産でしょ?触られたら嫌なモノもありそうだし――」


 見ますか?と言われてサラは大人しく少年に従った。

 物置にはあまり装飾のない剣と銃が――こちらはまだ真新しい――があった。

 サラは意外な心地でそれを見た。剣は――父が少年時代に嗜みとして剣の訓練を諦めていなかった時代に使ったモノだろうが、銃までもっているとは知らなかった。

 頭のできはともかく、剣は全くだった父のことだから剣より自衛のためには銃を持った方がいいいと思っていたのかもしれない。


「お父上との思い出深いものなら、勝手に使うのも悪いと思って」

「銃を持っていたとは知らなかったわ」

「サラさんが使う?」


 無邪気に聞かれてサラはぶんぶんと首を振った。


「使い方をしらないもの!使う機会もないし……どうぞご自由に使ってちょうだい」

「ありがとう、助かる」


 少年の口調は素っ気ないが、概ね丁寧だ。

「夫です」と乗り込んできた初日。

 少年は「自分の部屋」と「毎日の身の回りの世話」を要求した。

 当然と言えば当然の要求なのでサラはそんなことでいいのか、とあっさり応じたが、数日過ごしてから少年の申し出が気遣いなのだと思い至った。


「それ以上」を望むつもりはないです、と言外に告げていたのだ、と。


 たとえば――夫婦としての生活とか。


 一瞬、それを考えてサラは暗澹した気持ちになった。

 背は高いとはいえ年端もいかない美少年に、行き遅れの、しかもたいして美しくもない女が縋る構図……というのは想像するだにあまりにも醜悪だ。

 シオン少年は王宮勤めに爵位が必要だっただけ。

 便宜上子爵家を買っただけ。

 半月ほどしか一緒に過ごしていないが、少年は利発で感じがいい。

 これならすぐに出世して、自分の手柄で叙勲されるかもしれない。

 サラが不要になれば離婚して……いくばくかの慰謝料を貰う方向でいけないだろうか、とぼんやり考える。


「銃はどこに修理に出すの?」

「……気になります?」


 サラは何気なく聞いたのだが少年はちょっと驚いたようだった。


「ああ、ごめんなさい……気になるっていうわけでもないんだけど。王宮に来てあまりたっていないなら鍛冶屋とか知らないかなって。執事に聞いてみましょうか?」


 少年はほんのちょっとだけ笑った。


「ありがとうございます。軍関係者に、詳しい人がいるのでそちらに聞いてみます」

「そうね。あなたのほうが詳しいわよね……」


 年上めいたことがしたくて余計なことを言ってしまったな、とサラは反省した。

 貧乏子爵家で事務処理に明け暮れたいたとは言え所詮は王都の外に出たこともない箱入り娘。

 故郷を離れて紛争に参加して、実力で爵位を買った少年の方がずっと世情に詳しいに決まっている。


「昼食にしましょうか。それともどこかに出かける?」


 シオン少年は仕事だと言って日中は家を空けることも多い。

 旦那様の行動は謎めいているわ――と興味を引かれたが、出会ってまだ半月。色々とぶしつけに聞くのもよくないだろう、とサラは好奇心を押さえつけている。

 彼はちょっと考え込んだ。


「うーん、でかけます……。銃を修理に出しに行こうかな」

「そう、わかった。夕食は食べてくる?準備が必要?」

「遅くなるので、食べてきます」


 夫婦と言っても交わす会話は事務的だ。

 出会って数日で色っぽい会話も無理して夫婦っぽい会話も向いていないわ、と諦めてサラは気安い口調でシオンと話すことにした。

 学生を下宿させる寮の管理人はこんな心地だろうか、と自嘲しつつ「行ってらっしゃい」と送り出す。

 少年は立ち止まってちょっとサラを見上げた。


「俺の寝室」

「うん?掃除した方がいい?」

「いや、あそこは、あのままでいいです。――そうじゃなくて、寝室。一緒じゃなくていいですか?夫婦なのに」

「へ?」


 一瞬、何を言われているのか分からずにサラは間抜けな声を出した。

 寝室を一緒に?

 シオンと共有する?


 ――つまり?


 行き着くところをたぶん、正確に理解して、サラは頬を引きつらせた。

 どう応えたものかわからずに無言で勢いよく首を振る。

 少年は――女の子と見まがうばかりの可憐な容姿の少年はさらに近づくと「行ってきます」と頬にキスをした。

 ぶわっと汗が出る。


「い、いいんじゃないかな。今のままで困らないから」


 サラがぎょっとしつつ一歩引くと、シオンはどこか皮肉に笑った。


「女のひとは()と一緒に寝たがるから。サラさんがそうじゃないなら、よかった」


 じゃあ、と颯爽と去って行く「旦那様」の背中を見送って、サラは溜息深くその場に蹲った。

 恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

 ひょっとしたら綺麗なあの子の顔を無意識に盗み見でもしていただろうか。

 ……シオンはさぞ不快だったに違いない。


「子供に揶揄われるなんて。情けないにもほどがあるわ、サラディアナ!……気をつけなきゃ」


 ――少年の方がずっと世情になれている。他人のあしらい方も距離の取り方も。

 シオンはきっとこの屋敷には長くいないだろう。そんな漠然とした、しかし確かな予感がする。

 彼が去って行くまで――距離感を間違えないようにしなくちゃ、と反省して、サラはよろよろと立ち上がった。

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