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初めまして

10話くらいで終わる予定。

 サラが成り上がりの騎士に売られたのは猛暑の折だった。


 サラ……サラディアナ・イゼルの父イゼル子爵が王から死を賜ったのはその夏の初め、若葉の頃。

 身分は子爵ながらも法律家として、また、歴史家として一家言持っていた父は老国王を公然と批判した。

 かつて賢王と呼ばれた国王は六十を過ぎて若い側室に耽溺し、とっくに成人した王太子を廃して側室の産んだ幼児を後継に定めようとした。

 国王は賢王と呼ばれてはいたが元々が苛烈な性格、側近たちは王の希望に婉曲な反対をするしかなかった。

 そんな中、イゼルは「賢王といえども老いたり、その最後の仕事は臥所で悪女と淫蕩なわざにふけることか!」と痛罵した。

 まあ実際は


「色ボケ爺がトチ狂ったのか!さっさと王座を譲って死ね!」


 とかそういうノリで言ったのだとサラは予測する。

 あの父ですもの、と思う。

 口が悪くて気分屋。知識はあるがそれで他人をやり込めないと気が済まない。たとえそれが王であっても……。困った人なのだ。いや、だった、か。


 王は当然怒り狂って短剣をイゼルに送った。主君から長剣ではなく装飾のない短剣を贈られる。それはつまり自決せよ!というメッセージだ。

 無論、ガゼアは法治国家。

 短剣を贈るというのも古いしきたりで法的な効力はない。

 だが、王が激昂したのはよくわかる。

 誰が死ぬか、と舌を出して王宮の職場を勢いよく出たイゼルだったが、屋敷で酒を痛飲し、ぐちぐちと王の悪口をいい……翌朝ベッドで死んでいるのが見つかった。

 急な心臓の病である。

 サラをはじめイゼル子爵家の家中は騒然とした。

 なにせ、イゼルには息子がいない。親戚もいない。

 サラはイゼルの唯一の娘だが、ガゼアでは未婚の女性が家督や財産を相続することが許されない。

 子爵家は取り潰し財産は没収。サラおよび使用人は路頭に迷うことになる……。

 どうしたものかと途方に暮れている時に、王宮から悔やみの親書と命令がくだった。


 結婚せよ、と。


「つまり?どういうことなの、アンジー?」


 サラはいきなり告げられた王命に困惑して、王宮からの使いを見上げた。

 アンジーと呼ばれたそばかすの女騎士は沈痛な面持ちで、告げた。

 女性でありながら近衞隊に所属している人だ。昔馴染みでもある。


「国王陛下は、あなたに情けをかけたんですよ、サラ」

「情け?」

「お父上の急死に、陛下は心を痛めておられる」


 サラは複雑な心地で首を傾げた。口にはできないが国王の気持ちはわかる。


「それはそうよね、嫌がらせで死ねって言ったら、本当に死んじゃったんだもの……国王陛下だって寝覚めが悪いに違いないわ、きっと」

「しっ!……声が大きい!」


 つい、口に出てたわね、とサラは口元を押さえた。


「ですが概ねあなたの認識は正しいです。国王陛下の放言で、忠臣が亡くなった。その上、娘のあなたまで路頭に迷わせたら……」


 側近も平民も、ただでさえ悪い国王への印象がさらに悪くなるだろう。

 ……それで、とアンジーは続けた。


「国王陛下は、サラディアナ様の結婚をお認めになりました」

「むちゃくちゃだわ!……結婚どころか婚約だってしていなかったのよ?そもそも、社交界デビューもしていないのに!」


 サラは二十一歳なのに、訳あって社交界にはデビューしていない。

 デビュタントを迎えるには時期を逃した。

 だが少なくともここ数年は華やかな噂も何もない状態で過ごしてきたのだ。……それを結婚を「認める」とは。


「未婚の女性は財産を継承できません。ですが、あなたは国王陛下の温情で夫を得ました。手続きは全て済んでおります」

「そんな、勝手な!」

「路頭に迷うよりマシだと思っていただくほかないですよ、サラ。あなたは一人では生きていけるかもしれませんが、イゼル家の使用人たちは難しいでしょう…… 。あなたはとっくに結婚しています、そしてあなたのご夫君は、王に持参金をお支払いになり、……有り体に言えば……あなたとこのイゼル家を買いました」


 サラは絶句した。


「買った、って……」

「先の紛争で活躍した平民です。……彼は、爵位が欲しかったらしい。報奨金が余っていたのでどうするかと悩んでいるのを国王がお知りになり、その……」


 ちょうど爵位が欲しくて困っていた平民の男。

 王の恨みを買って、取り潰されそうになっている子爵家。

 需要と供給が一致した結果だ、ということらしい。


 アンジーから書類を渡される。

 それから、サラはくるりと振り返った。老いた執事とメイド長、それから八名の使用人たち。総勢十人の使用人たちが、熱意を……あるいは怨念を込めた視線で、サラを見守っている。

 つべこべ言わずに署名せよ、と圧を感じてため息をつきつつ、頭を押さえた。

 父が変人なら父が集めた使用人も変人で逸れものだ。


「……拒否権はないのね?」


 アンジーが頷く。ため息と共にサラは署名をした。


「それで?どんな方が私の夫になったの?」


 アンジーはまじめ腐った表情で玄関を指差した。「すでに、外にいる」という。

 サラは自棄っぱちな気分で、はあ、とため息をついた。父が死んで……その実感もないまま目まぐるしい事だ。

 外にいるのはどんな男だろうか。紛争で活躍したというからには屈強な傭兵か。

 年があまり離れていないといいが……、穏やかな男だといいが……いや、せめて乱暴な男でないといいが。

 一歩歩くたびに憂鬱で足取りが重くなる。

 床にめり込んでくれたらいいのに、と玄関を出て、サラは目を丸くした。


 キョロキョロ、と辺りを見回す。

 すでに外にいる、とアンジーはいったがそれらしい人物が見当たらない。


「よい朝ですねご令嬢」


 馬のそばに控えた黒服の少年に挨拶されて、サラは、首を傾げながら応じた。


「ええ。よい朝ね」


 いいながら不躾に見てしまう。

 変わった顔立ちの少年だった。どこか異国の香りがする。黒髪に翠の瞳、背は高いが細い。

 まだあどけなさが抜けきっていないから十代の後半……いや、半ばかもしれない。

 ひょっとして夫となる人の従者だろうか、と思いつく。

 表情はあまり動かないが、サラは少年と視線を交わしながら、なんとなく好感をもった。

 紛争に関わった傭兵の従者だとしたら、少年も荒事をするのだろうがそんなふうには見えない。

 学者か、官僚か。少年の佇まいが静かだった。

 サラは笑顔を作った。


「ええと、私はサラディアナ・イゼル。……あなたのお名前は?あ、その前にシオン様がどこにいるか聞いていいかしら?私の夫で、ここで暮らすことになるんだけど」


 にこり、と少年は初めて微笑んだ。

 今気づいたが、彼はすごく美少年だ。……まるで女の子みたいだわ、と一瞬見惚れていけないいけない、と首を振る。一応は人妻なのだから、夫の従者に見惚れてはいけないだろう。


「ここに」

「え?」


 少年はサラに手を差し出して、にこやかに、だがキッパリと告げた。


「初めまして、奥さん。……僕があなたの夫です」


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