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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『彼は聖夜に神となる』

作者: 呟木心葉

 今日はクリスマスだ。

 だからだろうか。僕は真っ白な部屋で低い十字架にかけられている。どういう訳か、杭を打たれている両手両足は痛くない。麻酔でも打たれたのだろう。身体の末端の感覚が全く無かった。

 恐怖なんて陳腐な物は感じなかった。多大なる不安からくる苦痛と、隣にいた彼女の事だけが心配だった。血は滴り落ちている。自らの重みで、骨が軋むのがわかる。

「神になれ」

 声が聞こえた。男の声だった。太く、ズンと沈み込むような、不愉快な響き。それが、神になれと僕に訴える。死ねという事か。神が代わりを探しているように思えた。僕は神にされるのだろうか。

「……っ」

 声を出そうと口を開いても、何も音が出なかった。息がむなしく吐き出されるだけ。

 身動き出来ないから、何の行動も起こせない。絶望に駆られ、諦めかけていたときだ。正面の白い壁の一部が音もなく開き、そこから愛しの彼女が現れた。

「っっ……」

 嬉しさと安堵で声をあげようにも、僕の喉は音を奏でる事が出来ない。僕の彼女は、不安と安堵が入り交じったような表情をしていた。早く助けてくれ。

 目が合った。だが、すぐに逸らされてしまう。よくみると、彼女の右手にナイフが握られている。どうなっているのか、僕にはさっぱり理解出来なかった。

 

 ■ ■ ■

 

 目が覚めると、首輪が付けられていた。モニタールームのような場所で、私は椅子に手錠で拘束されている。状況なんて理解出来なかった。叫び、喚き散らしても、結局何も変わらない。ただ疲れるだけだ。

「彼を殺し、神を産め」

 突如声が聞こえた。男の声だった。太く、ズンと沈み込むような、不愉快な響き。彼を殺し神を産む。意味がわからなかった。

 不意にモニターがついた。そこには、はりつけにされた彼がいた。彼は、両手両足から血を流し、もう死んでいるのでは無いかと感じるぐらいに憔悴しきっている。

 胸が苦しくなったが、不思議と涙は出なかった。私はもう、ずいぶん前から冷めていたのだ。今日、別れを持ち出すつもりでいた。彼の愛は重すぎたのだ。

「あと五分」

 首輪が声を出す。小さく、ピッピッと、カウントダウンの音が始まる。漠然と、ああ、爆発するんだなと理解できた。拘束されていた手錠が外れる。真後ろのドアの近くに、ナイフがあった。私は迷わずナイフを取り、ドアを開ける。


 彼が、はりつけられていた。彼を殺せば死ななくて済むだろうという安堵と、前までは確実に愛していた、彼を殺す事への不安が入り交じり、吐き気がした。今にも逃げ出したかった。


 彼と目が合った。すかさず私は目を逸らす。殺せる気がしなかった。私にそんな勇気があるはずないだろう。こんな目に合わせた奴を恨んだ。呪い殺せる気がした。

 

 ■ ■ ■

 

 彼女がゆっくりと歩み寄ってきた。彼女の足は震えている。「あと四分」と言う機械音声が、どこからか聞こえてきた。彼女はナイフを握り直す。何をするつもりなのだろう。推測は出来たが理解は出来なかった。

「あと三分」

 音声は、彼女に付けられた首輪から聞こえていた。爆破装置のような時を刻む音も聞こえる。そうか、そういう事か。理解した。だから彼女はナイフを持っているんだ。

 彼女が僕の正面に立つ。

 僕は、覚悟を決めた。彼女の目を、じっと見つめる。愛する彼女を死なせる訳にはいかなかった。

 

 ■ ■ ■

 

「あと三分」

 私は焦った。うまく足が動かない。残り三分で彼を殺さなければならない。今頃になって、怖じけづきそうになった。

 彼の正面に立った。彼を見ると、すでに覚悟をした表情で私を見ている。彼はわかっているんだ。私が置かれた状況を、すでに理解しているんだ。

 真っ直ぐな視線に、また目を逸らせそうになる。でも、私は逸らせなかった。その視線に吸い込まれそうになる。こんな時に、また惚れ治すなんて、神様は私を殺す気なんだと思った。

『愛してる』

 彼の口が動いた。声は出なかったが、彼の口は確かにそう動いていた。涙が溢れそうになったが、堪えようとして顔が歪んでしまう。それでも、溢れ出す涙を止める事は出来なかった。

「あと二分」

 無機質な音が、残り時間を知らせる。殺せる訳が無い。ナイフを落としてしまいそうになる。元いた場所に逃げ込んで、死んでしまおうとも思ったが、その勇気すら私には無かった。私は死にたくないのだ。私の身体は、生きるのに必死だった。

「あと一分」

 容赦なく残りの時を告げる。

『殺して、生きて』

 彼の口が動いた。涙で滲んだ彼の顔は、不器用に微笑んでいた。『いいよ、早く』と、また動く。私をしっかりと見つめていた。私はおえつしか出なかった。震える手でナイフを握り直す。

「ごめんね。でも、ずっと、愛してるから」

 涙でかすれたか細い声で、呟いた。目をつむって、ナイフを振りあげる。

 

 振り下ろすと、嫌な音がして血が噴き出した。彼の喉から溢れる生暖かい血を浴びて、私は気を失った。

 

 □ □ □

 

 目が覚めると、病院のベットで横たわっていた。あれから四日が経って。だいぶ落ち着いた。

 私と死んだ彼は、使われなくなっていた研究所で見つかったらしい。事情聴取は退院してから行われると、刑事さんに言われた。憂鬱だ。思い出したく無い事を思い出される。

 あと、昨日彼の死体が突如消えたらしいと医者の人に言われた。私は別に不思議に思わなかった。

 彼は、神様になったんだ。

 

 いつか不器用に微笑んだ彼が、何事も無く私の前に現れてくれるだろうと、私は思い、ずっと待っている。




――End――


 どうも、呟木心葉です。

 

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 ご感想、ご批評、ご採点。よろしくお願いします。必ず感想返しに参ります。

 

 次回作もよろしくお願いします。

 本当にありがとうございました。

 

 ……では、また。


 By.つぶりん

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