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閑話3 その日のアデルとエンリケ

 アデル・トリスタンは大統領府でルーガードに面会するのにグラハムと同席した後、彼の対応を元老院に任せて、自身の執務室へと戻った。


 執務室に戻ると、アデルの代わりに席に座り、事務に追われていたエンリケが不満そうにしているのを確認して首を竦めながら話しかける。


「お疲れ様、今戻った」

「そうですか、首尾は順調に?」

「あぁ、グラハム閣下が後は上手くやるだろう。あの人は神輿というより、有能な為政者だからな」

「そうですね」


 淡々と事務作業をこなしながら、アデルのとの会話を流すようにやり取りするエンリケを見て、これは相当怒ってる事を彼は理解する。


「悪かったな」

「何がですか?」

「いや、俺がアルミナダンジョン国に行ってグラハム様をお連れした事だよ」

「それはルーガードから元老院経由の任務ですから、アデル様が決められる事では無いので不満はありません、が」


 紙に筆を滑らせる手が止まる。いよいよ本題かとアデルは嫌な気分になる。


「が、何だ?」

「ヤミールには会えたのですか?」

「あぁ」

「なら良かったじゃないですか。我々二人のの当初の目的がそれだったのですから。どうでした、彼の様子は?元気そうでしたか?」

「そうだな、無事に龍槍も渡してきたぞ」

「へー、それでどんな話を?」

「いや、任務でな、アイツを麻痺させてスラム街に置いてきた」 

「はっ?」


 一気にエンリケの圧が強くなる。彼は決して周囲が思っているようにアデルの紐巾着としてこの地位にいるのでは無く、ちゃんと実力を伴ってこの地位にいるのだ。当然教練を共にする直属の部下達は彼の怖さを身に沁みていた。


 今でも、もしヤミールが万全の状態で立ち合っても五分五分位の実力者が一気にキレかかっているのを、アデルは何とか宥めすかそうと話を続ける。


「まぁ、聞けよ。アイツにはこんな腹芸は無理だからな。早めに退場してもらって向こうの奴に保護してもらう手筈になってたのさ」

「なら最初からそう言えば良かったじゃないですか。それをスラム街に置いてきたって馬鹿みたいな言い方して」


 圧の強さは変わらないものの、より先鋭化したのを感じたアデルは話の転換を図る。


「いやな、少し話しただけだけどよ。昔なら力で推して参るってだけの狂犬みたいな奴が、ちゃんと無抵抗の人間には手を出さないって言ってた位だ。アルミナダンジョン国でヤミールの奴も確りと成長してたよ」

「そうですか、大人になっているんですね」

「あぁ、しかもあの佇まいなら相当強くなってるな。俺やお前でも油断したら喰われかねん力量だと思うぞ」

「そんなにですか?」


 実際に立ち会った訳では無いが、彼に槍を持って構えられたアデルからすれば、ランドール共和国にいた頃の千人隊長をしていたヤミールとは全く違った武威を感じさせられた。


 構えそのものも洗練され、体も一回り以上は大きくなったヤミールに嬉しくなり、ついダンジョン内という場所とダンジョンブレイクに乗じて、レラ・ランドールを攫うという任務を放り出して、戦おうとしてしまった自分を彼は思い出していた。


「あれは相当鍛えられてるな。ドニア地域から出てからアイツにそんな機会があったとは思えないが、良い師に恵まれたんだろうな」

「それならアルミナダンジョン国内では?」

「可能性は高いな。あそこなら自身を鍛えるのには丁度いい、化け物どもがうじゃうじゃいるからな」

「将軍がそこまで言うって事は、何かそんな化け物に出会う機会がありましたか?」

「あぁ、すれ違ったというかなんというか」


 珍しく顔を顰めて歯切れの悪い上司にエンリケは首を傾げる。彼はアデルという人間の実直さと老獪さを合わせ持った人間性を知ってはいるが、その本質は武断的であり、強い人間を見たら戦いを挑みたくなる性分を分かっていた。


「珍しいですね。貴方がそんな顔をするなんて。他所の国では流石に喧嘩は出来ませんでしたか?」

「いや、そんなんじゃねえんだが。何ともなぁ、影みたいな奴でなあ。イマイチ判断が出来なかったんだ」

「判断?自分より強いかどうかですか?」

「いや、そんなんじゃねえ。あれは間違いなく俺より強え」


 本気でそう思っている事を伺わせる真剣な目をしたままアデルは首を振る。自分の力に絶対の自信がある筈のこの男にすれ違っただけでここまで言わせる存在にエンリケは興味を強く持った。


「じゃあどんな判断ですか?」

「あれは何と言うか、自分の強さを何とも思ってねえ奴なんだろうな。こっちが気配を消してスラム街にヤミールを置いた後に、しばらくしてからそいつが近くに来て、隠れている俺の側を通った時、当たり前に分かってる顔しながら、平然と横を通り過ぎていったよ」

「ただ気付かなかっただけでは?」

「あのなぁ、俺が今回支給して貰った認識阻害のマントは、あの「始まりの七家」ブルックス商会が取り扱ってる最高級品だったんだぜ。そのマントを着て、気配を消している俺とわざわざ目線を合わせてから挨拶されたんだぞ?」

「そんな馬鹿な」

「それになぁ、もうスラム街の奴らもダンジョンブレイクのおかげで、避難済みで俺くらいしかその場には居なかったんだ。どうやってこっちが間違えるもんか。奴には俺が見えていたんだ」

「将軍が敢えて無視されるなんて……」

「あぁ。やっぱりアルミナダンジョン国には手を出したらダメだ。あんなんがそこら辺でうろちょろしてる国を俺等軍部がどうやって攻め落とそうって考えるんだ?俺はもしグラハム様があそこと戦争しようって言うんなら、全力で止めるね」


 ヤミールの無事よりもアデルのその言葉がエンリケには深く心に残ったのだった。そのしばらくして後に、ヤミールから送られてきた手紙と伴に同封してあった、アルミナダンジョン国の広報のインタビュー記事にエンリケはヤミールはまだまだ強くなる事を確信していた。


 しかしその武力が味方になるのか、はたまた敵になるのか、その時はまだ知らずにいた。






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