第七話 相談窓口の人は新星冒険者と世間話をする 1
バンと勢いよくダンジョン攻略課の入り口のドアが開けられ、一瞬中にいる職員の注目を集める。しかし身長150センチ程度で肩まで伸びる金髪をツインテールに纏めた軽装の女の子が現れた時には、エナミ以外の職員は自分達の仕事に集中していった。
その女の子は明らかに自信を漲らせ、肩で風を切るようにエナミの相談窓口まで歩いてやってきた。エナミは固い木製の椅子の背もたれに寄りかかったまま、やる気の無さを言葉に乗せながらも丁寧な挨拶をする。
「1週間ぶりですね、サーヤ様」
「うん、1週間ぶり。私に様はいらないわ」
「いえいえ、現在プラチナランクにいる麒麟児で、3年後には下手すればオリハルコンランクが見えている、この十年で最も有望な未来ある冒険者への適切な挨拶だと思ってますよ」
「この十年ね」
「はい」
「その言い方、十二年前なら自分がいたっていう皮肉かしら?」
「そんなそんな、私は王立アカデミーを卒業してから、そのままこの冒険者相談窓口に就任しましたから、事務職一辺倒で体もろくに動かせませんよ。保安部のように冒険者の活動を勤務時間にやる事も無いのに、どうしてそんな大言壮語が言えるのかと。それはサーヤ様、あまりに穿ち過ぎです」
「どうかしら、王立アカデミー卒業直後の最年少で、そのままこの冒険者相談窓口に着任したあなたなら出来るんじゃないかなって私は思うけれど」
「大変有り難いお言葉ですが、買い被りにもほどがあります。私は運良く当時の人事部長に見初められた、ただのしがない冒険者相談窓口ですから。相談を受ける側の冒険者になろうとなんて考えた事すらございません」
「ふーん、あなたがそう言うなら、そういう事にしておくわ」
「ありがとうございます」
二重のパッチリとした大きな目を細めて、慇懃無礼なエナミを見ているサーヤ・ブルックスは数少ないアルミナダンジョン国の建国初期からいるブルックス家の現代当主の長女にして、この国のトップ冒険者の一員としても活躍している。
当然ブルックス家は元から商人の家だったが、300年経った今となっては建国当時の頃のグループの取り纏めもしていた関係で、ブルックス家は他の国で言うなら侯爵家のような扱いをアルミナダンジョン国内で受けている。
ブルックス家のようにアルミナダンジョン国の建国初期から活動していた商人で今も家が残ってるのは七つあり、それぞれが自分の専門分野のトップとしていまだに君臨していた。それら7つの家を「始まりの七家」と呼び、ブルックス家はその中でもダンジョンとの関係が最も分かりやすく、武器を取り扱う商人達のトップだった。
サーヤは先に生まれたブルックス家の3人の男児が武器商人として厳しく現実主義者として育て上げられるのを尻目に、当初は長女として嫁ぎ先の政治材料で使う為の英才教育を幼少期から強いられてきた。
ただし、当代のブルックス家の当主が恋愛結婚した後、第二婦人や妾など作らず、サーヤが遅く出来た女の子だった為、先に生まれた3人の男の子と一緒になって、存分に可愛がり、散々に甘やかした結果、そこまでの厳しい英才教育はされず、比較的わがままな気質が残った。
そのわがままな気質の結果が、彼女が当時十三才から始めた冒険者だった。十二才の時に初めてその話を相談された母親は、自分が三十の時に産んだ女の子に、四十を過ぎて、長男が家にお嫁さんと初孫を連れてきて幸せの絶頂期に入りそうな最中に、後ろから冷水を頭からかけられた気分だった。
サーヤの母親は娘に相談された時には、何を言ってるか身体が拒絶反応を示して卒倒しそうになるのを何とかこらえて、笑顔で明るい未来の英雄計画を語る長女に、深窓の令嬢として育てられてきた本人としては、それまでの人生で1番真剣な顔をして、娘に一つだけ約束させた。
もし十代で、冒険者として5大ダンジョンで比較的安全と言われるメリダダンジョンで四十階まで行って、プラチナランクになれなかったら、冒険者を諦めて結婚しなさいと。ただしもし約束を守れたなら、そこから先は勝手にすれば良いと。
世間一般からすればあまりにも無謀な条件を、ただしサーヤからすれば渡りに船とも言える条件をその場で彼女が二つ返事で約束したのが、ちょうど6年前。
彼女自身の才能と努力、家のバックアップも当然あった上とはいえ、見事に約束を守った。サーヤは冒険者登録から4年、十七才の若さで、メリダダンジョン史上四番目の速さで四十階まで潜り、フロアボスのバジリスクを倒し、その眼と尻尾を証拠に持ち帰ってきて、見事プラチナランクに到達した。
5年前の当時、ダンジョンの事を右も左も知らないサーヤが、かわいい我が子の安全のために、父親から言われるまま、冒険者相談窓口で最も信頼できると、当時ダンジョン攻略課のパニックになりかけた上司のお墨付きを受けて担当したのがエナミだったのは、エナミにとってはいつもの、サーヤにとっては成功の始まりだった。
実際問題、彼女が冒険者になって早い段階から相談に乗ってきたエナミからすれば、勤勉かつ才能ある彼女が、プラチナランクという地位までこのスピードで登り詰めるのに疑問の余地は無かった。
ただダンジョン攻略課の周りの職員から見ると彼女がゴールドランクからプラチナランクになって以降も、いつまで経ってもこうして毎週午後のエナミの担当時間に冒険者相談窓口にやって来ることだけは理解しがたかったが。
ダンジョン攻略課の中では、常識的な話だが、初級、中級者向けの冒険者相談窓口ではゴールドランクは兎も角、プラチナランクまで行った人間には特別提供する情報がなく、世間話をするだけだと思われていたからだ。
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