第四十四話 エナミは日常に戻る
エナミとヤミールとの戦いの後、ケビン達ブルックス家との対話もスムーズに終わりを迎え、ダンジョンブレイクも「異端なる者」のおかげでアルミナダンジョン国にとっては非常に有益かつ穏やかな着地点を迎えた。
この状況の後処理にしばらくかかずらっていた為に、やっとの事で日常を取り戻したダンジョン攻略課の冒険者相談窓口では、いつものように固い木製の椅子にだらけきって斜めに座るエナミの姿があった。
ラミーの言う通りに進んだ面は癪だが、自分達の元々の想定通りに概ね進んだ今回の件で、自身の冒険者相談窓口という職務上の権限を大きく逸脱する行動を何度か取らざるを得なかった事を振り返り、エナミはもう暫くは働きたくないという思いを新たにし、以前からダナン課長から言われていた有給消化を計画的に取ろうと誓っていた。
明らかにテンション低く、とても窓口をやりそうな顔をしていないエナミの隣の席で昇進を控えたレラは小声で彼を注意する。
「先輩ぃ!!事情は分かりますけどちょっとはしっかりしないとぉ、ダナン課長に怒られますよぉ!!」
「いや、だって、レラ無理だぞ。ダンジョンブレイクの件でこんなに時間外で働いても特別ボーナスも特別休暇も無いんだぞ?仕事へのモチベーションなんて、これっぽっちも無くて当たり前だろ」
「そんな事言っちゃったらぁ、余計に駄目に決まってるじゃないですかぁ。それにぃ」
「それに?」
「私は先輩に助けてもらった事が分かってますからとっても感謝してますしぃ」
レラは自分から言ったにも関わらず照れくさそうに少し俯いて顔を背け、顔を赤くしてモジモジとエナミの様子を窺う。一方のエナミは心底どうでもいいような顔で彼女に答える。
「あのなぁ、後輩の面倒見るのは、ましてや新人指導員やってるんだからお前を助けるのは当然の職務なの。仕事上の義務。感謝するなら飯を奢ってくれ」
「またまたぁ、分かってますからぁ。エナミ先輩のそういう所ぉ、私は好きですからぁ」
「お前、何だか微妙に勘違いしてないか?」
その時、二人の軽妙なやり取りを邪魔するかの様にダンジョン攻略課の入り口のドアがベルが鳴るとともに開かれる。二人はすぐに仕事モードに切り替え、窓口から入り口を見る。
ちょうど開けられた入り口にはヤミールがやって来ており、こちらを見ていたエナミとレラに気付くと少し気まずそうに頭を掻きながらやって来て、窓口に腰をかける。
「ようこそ、スーパールーキー。もう身体の調子は良いのか?」
「あぁ、普通に動く分にはな。明日からメリダダンジョンに潜ろうと思うんだけど、アンタから何か訊いておく事は無いか?」
「何かねぇ……」
自分の窓口の机のキャビネットから書類を出したエナミは、その書類を確認した後にヤミールの方に滑らせる。
彼が書類を見ると表紙に「これで安心!!シルバーランクをアッサリ安全攻略マニュアル!!」と書いてある。ペラペラと受け取ったマニュアルを見ながらヤミールはエナミに声をかける。
「これで俺には十分だと?」
「シルバーランクのモンスターはお前には物足りないだろう。そこにはメリダダンジョン内の三十階までのトラップの対応が一通りフロアごとに書いてある。それを見ながらお前が攻略したら、上手くすれば2ヶ月程度で三十階まで到達だろうさ。2ヶ月でのゴールドランク到達は史上最速では無いが、破格の速さだ」
「アンタらの期待に応えられるってか」
「う~ん、そこはダンジョン管理事務局としたら別に無いだろう。俺やマリーからしてもデータ取ってたキタリなんかも、それくらいはお前がやって当然と考えてるしな」
「そんなもんか?」
「まぁ、先にダンジョンに入る前にここに来たのは正解だとは思うが、お前は今回も十分に嫌な経験してるからな。それ位は察せられるしなぁ。因みにこういうマニュアルはゴールドランク以上には無いからスキルの運用なんかも試しながら、頑張れよ」
「……アンタ、人によって随分対応を変えてるなんて事は無いよな?」
あまりにも手抜きに感じるエナミの窓口対応に、ヤミールは噛みつく。エナミは目をわざと丸くして答える。
「おいおい、お前には国営冒険者アカデミーの特待生の推薦出して、今もこうやって虎の子のメリダダンジョンの攻略マニュアルを渡してるのに、これ以上どんな対応を望んでるんだ?」
「いやだってよ、他の奴にはもう少し親身になってなぁ」
「ヤミール、お前は俺に心配されたいのか?それとも期待されたいのか?どっちだ」
「それは……」
ハッキリと強い口調でエナミに言われて、ヤミールは気が付く。そうだ、俺はこんなシルバーランクなんて低い所で立ち止まるような人間じゃないと期待されてるのかと。
ヤミールはエナミ達からの思いがけない評価についニヤニヤと笑いながら、手にした攻略マニュアルを丸めるとやって来た時の気まずそうな感じがまるで嘘のようにダンジョン攻略課を上機嫌で出ていった。
鼻歌でも歌ってスキップでもしそうな勢いで出ていくヤミールに、苦笑いしながらも満足そうに見送るエナミに奥のデスクから声がかかる。
「エナミ君、ちょっと良いかね?」
「はい、少々お待ちを」
そのダナン課長の掛け声に少しの戸惑いと緊張感が拭い切れていないのをエナミは感じながらもすぐに席から立ち上がり、首を二、三回ほぐしながら、奥のデスクに向かう。
次話で第二章は終わりです。あらすじで書いた事に合わせる為、今夜20時の投稿になります。
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