第四十三話 災禍の後 2
「ここは……」
ピーターは目を開けると、よく見知ったブルックス家の自身の部屋の天井を見上げる。どうしてここに居るかはイマイチ分かってないが、先程の悪魔とも言える男からどうにか逃げ切って、この屋敷に戻って来れたのだろうと安心してつい笑顔になっていた。
ホッと一息ついて、ベッドから起き上がろうとして全身の小さな震えが止まらない事に気がつく。やはりさっきの逃走劇が負担となり、体が悲鳴を上げているのだろうと割り切り、普段からもう少し鍛えないといけないかと反省しながらベッドから足を下ろす。
「ようやくお目覚めか」
「お父様……」
自身の部屋とはいえ油断していた為か全く気が付かないまま、部屋のソファーに腰掛けこちらを眺めているケビンに声をかけられる。
「どうだった、エナミ・ストーリーは?」
「どうと言いますと?」
「質問を質問で返すような教育はしていないつもりだが……」
「あれは一体何なんですか?」
ピーターは「偽りの災禍」を使ってダンジョンブレイクを起こす前の息も荒げに暴いてやろうという血気盛んな態度とは全く違い戸惑った態度を見せる。
エナミという自分が追い求めた謎の存在の一端には触れた気がしたが、それ以上にその謎の奥行きが見えない恐怖が勝ってしまったからだ。ケビンはソファーに体を預けたままため息交じりに呟く。
「だからあれほどエナミ・ストーリーに関わるなと何度も警告しただろう?」
「お父様はあれの中身を知っていると?」
「ピーター、お前は分かってもパンドラの箱とやらを開けたい愚か者なのか?こうしてここにいられるのは誰のおかげか位は分かっているだろう」
「それは……」
「お前はエナミ君に助けられたんだ。しかも私とサーヤの為にな。次は無いぞ。それとお前は気づいてないかも知れんが、お前が震えているのは体は分かっているからだ」
「何をですか?」
「彼とは関わりたくないと。エナミ・ストーリーに纒わるものにお前自身の深層心理に叩き込まれたのだ。だから彼の名前も呼べないのさ。呼んでしまったらその恐怖を自覚するからな」
先程からエナミの名前を言えない事は図星だった為に、ピーターは何の反論も出来ずに項垂れるしかなかった。ケビンはソファーから立ち上がると、ピーターに通告する。
「お前の代理でウィリアムにランドール共和国と聖カムルジア公国の対応をしてもらう。お前には代わりにナランシェ連邦でバカンス出来るように手配してある。しばらくの間は向こうの島でのんびりしていれば良いさ」
「……分かりました」
「家族には私から伝えておく。後の手配は部下に差配してあるから、ついていけ」
そう言い残すとケビンはピーターの部屋から出ていく。部屋に残されたピーターは項垂れたままだった。
ピーターの部屋を出ると、ケビンは自分の執務室に戻り、執事を使い、ウィリアムを呼び出す。呼ばれるのが分かっていたかのようにすぐにノックが部屋に響く。
「いいぞ」
「お父様、お呼びかと」
「あぁ、予定通りの流れになった。後はお前に任そう。ただしグラハム・ランドールには気を付けろよ」
「分かっております。彼には特に何を気を付けましょうか?」
「彼もエナミ君にご執心のようだ。その点が一番気を付けるべき事だ」
「サーヤはどう思うでしょうね」
「それはあの子がどうしたいかだな。まぁ、そんな予測出来ない事より、一局どうだ?」
「お受けしましょう」
二人は執務室のチェスのような盤面のゲーム用のテーブルに対面でつく。お互いに慣れた手付きで駒を並べ、先番をウィリアムがとる。
「そう言えば、ダンジョンブレイクはどのような終わりを?」
「エナミ君の対応のおかげでブルックス商会自体が、ダンジョンブレイク対策の防災訓練という形でスポンサーになっていたよ。ダンジョン管理事務局の参事官からは感謝状が来ていたな」
「では恙無くダンジョンブレイクは片付いたという事ですか」
「あぁ、聞いた所によるとメリダダンジョンから一匹もモンスターを外には出さなかったらしい。独りの冒険者の力でな」
ウィリアムの駒を持つ手が一度止まる。ケビンは盤面を見たまま片手を上げ、執事が渡すグラスを手に取り、口につける。
「何者の力ですか?」
「ダンジョン調査部によるとやはり「異端なる者」の仕業らしい。エナミ君が依頼したとも噂では聞いてるが」
「今回の件でアルミナダンジョン国は手にしたものが多いですね」
「魔石も素材も選り取り見取りだったようで一国の半年分のエネルギー量の魔石とプラチナランクのフロアボスの素材が手に入ったらしいな。ブルックス商会にもちゃんとまわってくるように差配されていたしな。彼には頭が上がらないな」
「エナミ・ストーリーは何処まで見据えていたのでしょうか?」
手に駒を持ちながら、ケビンは考えグラスに口を再度つける。絶妙な手を盤面に置いてからウィリアムの問いに答える。
「恐らく場当たり的な物だろう。あまりにもデザインが綺麗すぎて予言者の能力の類いを疑いたくなるが、今回の問題認識からの起点が後手に回っていた感は否めない。現に私の所にエナミ君から話が来たのは、ピーターからすれば最後の局面だったしな」
「あくまでもエナミ君の問題処理能力が高かっただけと?」
「うーん、人材の適材配置を彼が全てやっているとは考えにくいが、グラハム大統領閣下も動かしたんだ。彼の力は十分と言えよう」
「人の評価には厳しい筈のお父様からそこまでの評価を得られるなら、身内に入れるのには足りてますね」
妙手を指し返すウィリアム。お互いに笑顔で盤面を見る二人に執事が声をかける。
「盤面まだ中盤で興を削ぎますが、もう間もなくエナミ様がお見えになりますので、ご準備の方を始めていただければ」
二人して息をフッとつき、立ち上がる。
「勝負はまた次の機会だな」
「しょうがないですね。彼との会談の方が大事ですから」
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