第四十二話 災禍の後 1
「ここは……」
ヤミールが目を覚ますと、そこは知らない真っ白な天井だった。自分の動きが制限されてないか確認するように起き上がると、自身にかけられた毛布を剥がし、体に傷や拘束の類いが何か無いか確認してから、部屋を見渡す。
窓の外は暗く、ライトがついている事から今は夜だとは分かるが、部屋はよく言えばとても整然としており、分かりやすく言えば今寝ていたベッド以外は申し訳ない程度のナイトテーブルと簡易なプラスチック製のイスが1つだけある、簡素な部屋だった。
ヤミールは起き上がってから体を確認した後はすぐに足を床に下ろし立ち上がろうとするものの、上手く足に力が入らず、ベッドにドスッと座りこんでしまう。その音に反応したように、部屋に人が入ってくる。
「あら?お目覚めですか。丸一日は寝てたけど、動けます?」
「マリーさん?」
「ふふふ、意外そうな顔ですね。ここは国営冒険者病院です。ヤミール様は何処まで覚えてますか?」
マリーはナイトテーブルにある水差しからグラスに水を注ぎ、ヤミールへと渡してくる。彼は緩慢な動作でそれを受け取り、グイッと一気に飲み干すと、頭を悩ませ段々と思い出し、語り始める。
「マリーさんに言っても、冗談みたいな話で納得してもらえるか分かんねぇけど、メリダダンジョンの入り口でランドール共和国のアデル将軍に会ったんだ。そしたら急にもう一人のフードの男が俺を痺れさせて、次の瞬間にはメリダダンジョンからスラム街の角地に寝転がってたよ」
「それで?」
「それで起きたら次はサイレンが街中で鳴っててダンジョンブレイクがメリダダンジョンで起きたって言っててさ。んで呆然としてたらエナミがフラフラっとやってきて、俺が国家反逆罪で指名手配されてるって」
「中々ドラマチックな展開ですね」
「俺はパニックだったよ。そんでアイツが俺を追い詰める様に追ってくるから、しょうがなくスラム街の一番広い空き地で戦うハメになったって訳さ」
「しょうがなく戦うって所は分からないですけれど」
「それは男同士なら分かる話さ。んで戦ってる最中に急に……」
「急に、どうかしました?」
「いや、そこら辺の記憶が何だか靄がかかっているんだ」
恐らくエナミにやられたであろう事は朧気ながら理解しているヤミールだが、具体的な展開が思い出せずにいた。彼自身の必殺の武技「龍槍」は使った筈だが、それでどうなったかは全く思い出せないでいた。
必死に思い出そうと頭を抱えるヤミールの横で、マリーは簡易なイスに浅く座り、微笑みながら声をかける。
「ヤミール様の事をエナミ君が担いでここまで連れて来たって事だから、二人が会ったのは本当なんでしょうけれど、それ以外の戦った事なんかは事実か分からないですね。ダンジョン保安部もこの後お話を訊きに来られると思いますが、何か口に入れますか?」
「助かるよ。腹が減って力が出ない感じなんだ。……ところでマリーさん、エナミが言ったみたいに俺は何かやらかしたのか?」
マリーはその怯えたようなヤミールの質問に慈愛の笑みを浮かべて、非常に簡単に答える。
「いいえ、何も。ではお食事を用意してもらうようにお願いしてきますね。ヤミール様、少し横になってお待ち下さい」
「それなら良かった。アイツにはこれ以上迷惑かけられないからな。そしたらマリーさんの言う事聞いて待ってるよ」
「はい、では失礼しますね」
ヤミールはホッと一息ついて、マリーに言われたように足をベッドに上げ横になる。マリーがヤミールの病室を笑顔のまま出ると、
病室の外にはエナミが壁に寄りかかって待っていた。
「どうだった、アイツの様子は?」
「エナミ君に倒された時の記憶が多少混乱してるみたいだけど、落ち着いてここにいる現実を受け止めていたわ」
「そうか。なら良かったよ。ちょっとヤミールの奴の意識をかる時の、首への衝撃がキツかったかもしれないから、ヒヤヒヤしたんだ」
「だから優しくここまで運んであげたの?ここの救急のドクターからエナミ君が犯人なら、どうやってここまであの大柄な男を何処にも余計な傷無く運んで来たんだか分からないって言ってたわよ」
「まぁ、それ位は窓口担当としてのサービスってやつさ」
「変な話ね」
二人は連れ立って歩き始め、病院の看護師達がいる所に声をかけ、マリーはヤミールの食事を頼む。それを横で見ていたエナミはヤミールの病室と反対方向に行こうとする。
「せっかくここまで来たのに、彼には会っていかないの?」
「ヤボってもんだろ」
「エナミ君はよく分からない照れ方をするわね」
「照れてないって」
「ふふっ、まぁ良いわ。それじゃあ彼はあくまでもメリダダンジョンのシルバーランク冒険者のままって事で構わないのね?」
「ああ、ヤミールが巻き込まれていたのは完全にこっちの差配の責任があるからな。それくらいの対応はしてやらないとアイツも浮かばれないだろ?」
「あの子は覚えてないんだから、どちらでも良いと思うけど。ダンジョン保安部とも話はついてるのね」
「御名答。ダンジョン管理事務局で持つべきコネはタナカ保安部部長ってね。あの人にもまた何か奢らないとな〜」
「あのスラム街の居酒屋、私も行ってみたいんだけど」
「えっ、本気?」
エナミはギョッとして、マリーをつい見つめてしまう。マリーはあくまでも楽しげに呟く。
「さぁ、どっちかしら?ストーリーさん」
「頼むよ、マリー。あんな所連れてったら親父さんになんて言われるか……」
「父は喜んで市場調査だって付いてきそうね。目に浮かぶようだわ」
「それが困るんだって。あそこは気兼ねないから良いところなのに。「始まりの七家」の当主が二人もやって来たなんて噂になったら、行きにくくなるじゃないか」
「ふふっ、冗談よ。でもちゃんとご飯の約束は宜しくね」
「はいはい、覚えておくって。んじゃな」
「次は何処に行くの?」
エナミはマリーの質問には答えずに振り返ると、手を振り彼女から離れていく。病院を出る頃になり、つい呟く。
「次も気が進まないな。どんな空気なのやら」
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