第四十話 災禍が訪れる日 6
エナミとヤミールの高速の戦闘とその中で交わされるやり取りを、高台から眺めていたピ-ターは唖然とした表情のまま彼らの会話を聞いていた。
実際にプラチナランクの冒険者の戦闘を見た事は彼には無かったが、それでも自身がゴールドランク程度の武力を持ち、多少は彼らの戦闘を目で追えるものと思っていた。
しかし実際にはこの3分少々のヤミールの攻撃を見る事は一度も適わず、何故対面にいるエナミが構えもせずに無傷なのかも全く理解できなかった。
以前読んだサーヤが広報部のインタビューで「アンデットキングドラゴンとの攻防は一瞬だった」と言っていた言葉が記憶から鮮明に甦り、それが決して単純な比喩表現で無かった事が思い知らされた。
5大ダンジョン内でこの速度で行われる四十階以降のモンスターとの攻防が全てがこうならば、それは本当に一瞬の出来事で、そのレベルに到達していない者は何が起きているのか全く分からないまま死んでいくのであろう。
自分が万が一の可能性としても実際に対戦相手にしようとしていた存在の非現実性に、ピ-ターは今更ながら震えていた。
「しかも「瞬動」だと。有り得ん、あれは幻のスキルの筈だ……」
ピーターが20年近く前に王立アカデミーに通っていた頃は、確かにまだこの「瞬動」というスキルについて指導教官から解説はあった。
しかしそれはあくまでも解説するだけで、指導教官は使えずにその下位互換スキルである「速動」を使う者がゴールドランク以上の冒険者でいる程度だと言われた。
実際に「速動」をやって見せた当時の指導教官は雪深いドンクダンジョンで、四十階以降でプラチナランク冒険者として活躍していたらしいので、発言に間違いないであろう。
そんなスキルを高々王立アカデミーにいる3年の間に使いこなせるようになっていたエナミと、それを相手に十分に戦っているように見えるヤミールの二人に、ピーターの恐怖による震えは増すばかりだった。
しかしそんな震える彼の眼下で、二人の非現実的な存在はウォーミングアップがやっと終わったとばかりに動き出す。その動きは先程が小手調べだと分からしめる程には、より静かに、ヤミールの連続の突きが空気を切り裂く際の衝撃音だけがスラム街の空き地を揺るがした。
「やっぱりだいぶ強くなってるな、ヤミール。半年余りでこの域に来れるなら、その能力でももしかしたらオリハルコンランクに到達出来るかもしれん」
「そうなったら、アンタを倒せるのか?」
「おいおい、ダンジョン管理事務局で担当窓口を倒したら、お前は一生アルミナダンジョン国のお尋ね者だぞ?って今もそうか」
「なら今すぐアンタを倒しても何の問題も無いな!!」
「いや、それは無理だろ。単純に力が足りない」
「なっ!!」
ピーターには全く視認できなかった攻防が続いていたが、遂に膠着する。彼から見えた二人の状況は、エナミが片手で槍先の刃の付け根を持ち、ヤミールが微動だに出来ない状態だった。
単純な身体の大きさから考えても、涼しげに片手で槍先を持つエナミと、両手で必死に槍を引き抜こうとする大柄なヤミールを比べても非常におかしな光景だった。
「ほらな、お前だと力も速さもオリハルコンランクには届かないだろ?」
「まるでアンタがオリハルコンランクの強さだと言わんばかりだな!!」
「はん、ヤミール。俺の担当冒険者には「異端なる者」が居るんだぞ。これくらい出来なくて、どうしてアイツと話が出来る?」
「知るか!!」
漸くヤミールが槍を引き抜き、お互いに十分な間合いをとる。エナミは相変わらずズボンのポケットに片手を突っ込み、構えすらせずに佇む。その異様な光景にピーターは息を止め、じっと見つめる事しか出来なかった。
「ほら、ヤミール、見せてみろよ。お誂え向きに距離をちゃんと取ってやっただろ。進化したお得意の武技「龍槍」を見せてみろよ」
「この間とは訳が違うんだぞ。こいつを使ったら、いくらアンタだって」
「そのブルックス商会から手に入れたストームドラゴンの槍に武技が乗ると、竜巻を呼ぶんだろ。そんな事は分かってる。早く見せてみろよ」
「……アンタは本当に何でもお見通しだな。その態度が気にいらねえんだよ!!」
「はは、よく言われるよ。直す気は無いけどな」
「後悔しても知らねえからな。そこまで言うなら、くらえ「龍槍」!!」
修練場で試しを受けた時と同じモーションで動き出すヤミールだが、繰り出す槍捌きの速度は桁違いに速くなり、エナミの眼の前に竜巻が突如起きる。
周囲の建築物ごと巻き込まんと、中心部に引き込もうとする竜巻の勢いにエナミも逆らう事なく飲み込まれた。
筈だった。
竜巻にエナミが飲み込まれた瞬間まで目を離さなかったヤミールには信じられない光景が目の前に広がる。
竜巻が突如として何事も無かったように消え、風も止み、全く制服も本人も傷つかないままに、一切変わらないエナミがそこには居た。
「流石に凄いな、ランドール共和国の秘密兵器は。久しぶりに能力を使わされたぜ」
「アンタ……」
「あぁ、幽霊とかじゃないさ。それよりも幕引きと行こう」
「あっ」
ヤミールがそのあり得ない光景に驚愕した隙をエナミは見逃さず、「瞬動」で近づき掌底で軽く顎を揺らし、意識を刈り取る。
膝から崩れ倒れかけたヤミールを支えると、高台にいる見えない筈のピーターの方を向き、声をかける。
「これで満足ですか?ピーター様……って逃げ足が速いな。流石の武器商人の血かな?」
竜巻が発生した瞬間、嫌な予感がしたピーターは直感に従い、すぐさま逃げ出していた。逃走ルートも当然のように準備しており、ブルックス家の屋敷まで後少しの所で気が付く。
混乱している筈の街があまりにも静か過ぎやしないかと。ダンジョンブレイクが起きれば、当然のように避難と出てくるモンスターへの対応の為に、少なくとも一定数の冒険者とダンジョン管理事務局の職員は駆り出されている筈だったが、その姿すら見えない。
「気が付きましたか、ピーター様。それはね、もうダンジョンブレイクが終わっているからですよ」
「なっ、いつの間に」
目の前には何故か先程竜巻に飲み込まれた筈のエナミが立っていた。ブルックス家への進路を防がれ、立ち止まってしまったピーターに彼は言い募る。
「お初にお目にかかります。ダンジョン攻略課で冒険者相談窓口をしているエナミ・ストーリーと申します。ピーター様には先日のブルックス家での食事の席で同席出来ずに残念に思っておりました」
「戯言は良い!!そんな事より、ダンジョンブレイクが終わってるとはどういう事だ?」
「今回の件はあくまでもメリダダンジョンで起きたダンジョンブレイク時の防災訓練という形で、上層部には話を通してあります。当然訓練ですから、被害は出ません」
「そんな馬鹿な!?実際に私が「偽りの災禍」を使ってダンジョンブレイクを起こしたんだぞ!!」
「それは分かっております。ただし、その後の冒険者達と我らが保安部の動きが適切だった為にダンジョンの外までモンスターが出られなかっただけの事です。現に叫び声や怒号、建物の破壊音など一切聞こえないではないですか?」
二人の戦いの前でさえ他に聞こえなかった騒音は、今もサイレンと繰り返されるスピーカーからの無機質なアナウンスが聞こえるだけだった。
「なので、今回の件はピーター様達の協賛の基行われたダンジョンブレイクへの防災訓練という形になります。ちなみにこの決着の仕方もケビン様にはご報告してますので、ご自宅で目を覚ました際には確認下さい」
ピーターは呆気にとられて呟く。
「私は何処までもお前の手のひらの上だったという事か?」
エナミは首を横に振る。
「いえ、ピーター様。貴方は悪夢にうなされただけですよ。悪い悪魔によってね」
次の瞬間、ピーターは意識を失い、真っ暗な闇の世界へと落ちていく。ブルックス家のいつもケビンの横にいる筈の執事が、意識を失った彼を抱き抱えて、屋敷へと連れ去っていく。
ただただ、落ち着いてその光景を見守るエナミがそこには居た。
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