第三十八話 災禍が訪れる日 4
ピーター・ブルックスにとっては人生の中でこれ程の屈辱を味わった事は無かった。自分としては綿密に計画が発覚しないようにしてきたこの数年をエナミという異分子に無に帰された、このやり場のない気持ちをどうすれば良いのか、外には出さないように気をつけながら、非常に怒りを溜め込んだままこの場にいた。
しかしアデル将軍をアルミナダンジョン国になんの障害も無く招き入れ、こうして目の前で崩れていくヤミールを眺めていると、実は父親の杞憂で全ては発覚などしていないのではないかとも思えてきた。
ピーターは崩れ倒れたヤミールの手からダンジョンリングを抜き取り、手にし、その光景を眺めながら悲しそうな表情のままのアデルに聞かせるでも無く嬉しげに独白する。
「さぁ、これでショーの始まりですね」
その後、ヤミールを心配そうに抱きかかえるアデルにピーターはダンジョンリングを無事に手にした事で落ち着いたのか何の感情も出さずに、冷静に伝達事項を伝える事が出来た。
「将軍、ではお約束どおりに彼を運んでもらえますか?」
「……これでもうヤミールには危険は無いのだな?」
「はい、彼には一時ダンジョン管理事務局に拘束される恐れがありますが、それもこのダンジョンブレイクが「偽りの災禍」による物だと分かるまででしょう。これは簡単には製造出来ませんから。彼らとすれば、将来有望な冒険者が何らかの陰謀に巻き込まれたという形で終わらせるでしょうね」
「そうか……」
「ですので、速やかに将軍には彼を指定の場所まで運んでいただいたら次の仕事に向かってもらっても良いですかね?」
「分かった」
ピーターと今後の段取りを確認すると、認識阻害のマントを巻かれたヤミールを軽々と抱えて、アデルはメリダダンジョンから去っていった。
ピーターは彼らがダンジョンから出ていくのを確認してからダンジョンリングを身につけ、転移陣に乗る。次の瞬間には見た事も無い深い森に彼はいた。
「これがメリダダンジョンか……」
ピーターは手持ちの地図を確認すると、認識阻害のマントを来たままに、鬱蒼としたトラップだらけの森を何の障壁にもせずに奥へとズンズン進んでいく。
彼自身は冒険者では無いが王立アカデミーと武技商人という家業により、散々スキルの活用に関してはトレーニングを積み、ゴールドランクには少し届かない程度の戦闘能力を身に着けてやってきていた為、十階の奥にある目的地の祭壇へと進んでいく。
アルミナダンジョン国の5大ダンジョンには十階にそれぞれモンスターがダンジョンから出られないようにする為の結界用の祭壇がある。これは建国間もなく、ダンジョン調査部とダンジョン攻略部の両方の合同調査にて判明した事で、それぞれの聖遺物もその有効期間もすべて分かっており、聖遺物の調達に関してはダンジョン資材部が、祭壇の管理はダンジョン調査部が行っていた。
そして今回、ピーターは認識疎外のフードを被ったまま、顔も隠して祭壇に近づき、杜撰な警護体制のダンジョン調査部の職員の合間を縫い、祭壇に「偽りの災禍」を置き、すぐにその場から離れて転移してメリダダンジョンの入り口からそのまま出ていった。
そして緊急状況を伝えるサイレンが町中に鳴り響くのを確認できる頃には、スラム街で所定の位置に置き去りにされたヤミールにダンジョンリングを嵌め、これから起こるであろう騒動を十分に確認できる高台にて、意識の戻らないままのヤミールをじっと観察していた。
ピーターがヤミールを観察して一時間ほど時間が経つ。気が付くと辺りは夕暮れ時になり、そろそろ勤め人が帰りそうな時間だが、緊急事態を知らせるサイレンとアナウンスにより皆が避難している為に静かになっている街中で、ようやくヤミールは意識を取り戻す。
そしてヤミールが自身の置かれた状態を確認していると、そこにひょっこりとエナミが現れたのを確認したピーターはほくそ笑んだ。こうして彼が長い年月かけて作り上げた舞台はようやく整ったのだと。
「おいおい、どうしたこんな所で。逃げないと国家反逆罪で捕まるぞ、ヤミール」
自分に全く移動してきた身の覚えのないスラム街の片隅で、エナミに見つけられたヤミールは知り合いに会えて安心するとともに彼が言った言葉に反応する。
「俺が国家反逆罪の指名手配犯?一体全体、俺が何をしたって言うんだ!!」
「そう叫ぶなよ、ヤミール。本当は分かっているんだろう。お前自身があのスピーカー放送のダンジョンブレイクを起こした実行犯だって事は。後な、うちの部署のレラ・ランドールの誘拐容疑もな」
「何?俺はメリダダンジョンの入り口の転移陣までしか入ってないんだぞ。一体どうやってダンジョンブレイクなんて起こすんだよ。というか、ダンジョンブレイクって人の力で起こせるものなのか?それに誘拐だって?名前を聞いて思い出したぜ、そいつはランドール家のお姫様だろ?俺が姿も知らないそいつの誘拐をどうやってやるんだよ!!」
「案外冷静に白を切るんだな。その勢いで、定時で仕事を終わっていつもの居酒屋で一杯やらずに、ここまでお前のダンジョンリングの反応を追って、わざわざやって来た俺にも納得できる物語をしっかり作り上げてくれよ」
「アンタ、一つも俺のいう事を信じる気がねえな、くそ!!」
ヤミールはまずは状況の打開とばかりに、エナミがやってきた方向とは真逆の方向に走って逃げる。エナミはそれをのんびりした足取りで距離が開きすぎないように追いかける。
スラム街の路地の真ん中、ちょうど出来た空きスペースでヤミールは振り返り、最近身につけたスキルにより亜空間から自身の倍はある槍を手にする。その槍はランドール共和国に置いてきたはずの「龍槍」で、5大ダンジョンのヤーガーラダンジョンで倒されたストームドラゴンの牙を穂先に使って、作り上げられた名槍だった。それに対峙するエナミは得物を持たずに、槍を持った大男に冷酷に呟く。
「お前には期待してるぜ、ヤミール。この状況を作り上げた奴を泣かせる為にな」
「アンタはこの訳の分からねえ状況について俺以上にはよく分かっていたんだろうなぁ。しかもランドール共和国の話にまで首を突っ込んでくるなんて、つくづくお節介な奴だな。けどなぁ、俺も半年前にコテンパンにアンタにやられた時とは違うんだよ!!今の俺は十分に強くなって、しかもこの槍がある!!」
「戯言はそれだけか?ヤミール、もっと俺を楽しませろよ。そのお節介の性で残業ばかりの日々が続いた怒りが永遠に無くなるくらいにはな」
エナミにとっては予想通りの、非常に面倒な物語は動き出した。
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