第三十七話 エナミは超過勤務をぼやく 2
電子的なアナウンスが壁のスピーカーから聞こえなくなり、日常の業務に完全に戻りだしたダンジョン攻略課の冒険者相談窓口に、いつものようにサーヤは入り口のドアを勢いよく開けて現れた。
当日の別ダンジョンの窓口担当者は非常に有名な彼女を一目見ると困惑してエナミの方を見て声をかけてくる。
「エナミさん、サーヤ・ブルックスさんが来てますけど」
「はっ?あぁ、本当だ。すいません、僕が担当しますね。次の担当冒険者の相談予定は大丈夫ですか?」
「はい、1時間程度なら……」
「分かりました。それまでには終わらせますね。ご面倒かけてすみません」
ダラダラと日常業務をしていたエナミは彼女が窓口の前に来るまでには気持ちを整理して、目の前の紙資料をちゃんとデスクの棚の中に仕舞ってから、別のダンジョン担当者と入れ違いで窓口に立つ。
「サーヤ様、本日は急な来訪ですが、いかがなさいました?私の方は特別お約束してなかったかと」
「……エナミさん、今日は貴方に訊きたいことがあってきたの。私の方にさっきのメリダダンジョンのダンジョンブレイクへの召集命令が来なかったんだけど、これはどういう事?」
いつもの勢いだけのテンションとは違い、丁寧にかつ真剣な眼差しで訊いてくるサーヤに、エナミはこれはかわし切れないな、と早めに判断して、こちらも真剣に答える。
「現在ダンジョンブレイクが起きているメリダダンジョンへの召集命令はサーヤ様には予め出さないように、私の方が保安部とダンジョン調査部と協議して決定いたしました」
「そう……では、そういう決定に至った経緯を教えてもらっても良いかしら?」
「お答え出来る範囲で良ければ」
「答えられない範囲があるという事?」
「それにはお答え致しかねます」
「……分かったわ。答えてもらえる範囲で教えてくれる?」
サーヤは召集されなかった事実を確認した事で若干青褪めた顔色のまま、エナミを強い眼差しで見つめて訊いてくる。彼は表情を変えないまま、淡々と答える。
「まず今回のメリダダンジョンのダンジョンブレイクを「偽りの災禍」で引き起こした犯人の一人が、サーヤ様のお兄様であらせられるピーター・ブルックス様だからです」
「そんな……」
「次にお父上であるケビン・ブルックス様から今回のダンジョンブレイクが起きた場合の対応に関しては、サーヤ様を召集命令対象外にしてもらうように、予めダンジョン管理事務局上層部と私の方に提案がありました」
「お父様が……」
「ケビン様は今回のダンジョンブレイクについてご子息が仕出かしたという、非常に微妙なお立場ですが、一方で我々に対しては非常に協力的な関係性を築かれていますし、ダンジョン管理事務局の総合的な判断としては、アルミナダンジョン国に対しての「始まりの七家」の義務は果たしていると理解しております」
「私は……」
「そうですね、今回の件に関してはご家族として関与が疑われないように周りが配慮した結果、サーヤ様には召集命令が出なかったという理解をしていただければ幸いです」
「そういう事だったの……」
サーヤの青褪めた顔色はより深刻な事実を知らされて更に酷くなるが、必死に耐え忍んでいるのをエナミからも見て取れた為、黙って落ち着くのを待っていた。永遠にも感じられそうな十分の沈黙の後、サーヤはエナミに1つだけ尋ねる。
「ピーターお兄様はどうなるの?」
エナミは事前にケビンにも説明した想定されていた答えを返す。
「どうもしませんね。今回の件はかつてならアルミナダンジョン国に対しての国家反逆罪にも該当します」
「国家反逆罪……」
「しかし今回は事前に完全に予測出来た動きなので、これをきっかけにして敢えてメリダダンジョンでダンジョンブレイクを起こし、我々ダンジョン管理事務局の対応策が十分か検証していくという、避難訓練的な要素をこちらが勝手に組み込みましたので、その費用をピーター様がスポンサーとして負担して下さったという立て付けです」
「でも、そんな解釈が通る訳が」
「はい、私が草案を作って周りのサポートのもと、上層部に通しました。ですからここ最近は私としてはしたくもない残業も非常に多くて、サーヤ様とこの間お屋敷でお会いした時は疲れて果ててたんです」
先日のブルックス家の屋敷での会食の意味もサーヤにはようやく分かった。あれはエナミとサーヤの婚約話などではなく、あくまでも今回の件に関して、ケビンとブルックス家とサーヤへの扱いの条件の摺り合わせに来たんだと。私達家族を守る為にわざわざあんな体がきつそうな状態でも来てくれたんだと。
サーヤはエナミの自分への想いも気にはなりはしたが、この状況下ではそれよりもこの後に兄であるピーターがどうなるかの方がより気になった。
「ではお兄様はお咎め無しという事で、そのままですか?」
「私としてはそれで構わないと上層部にも掛け合ったのですが、ケビン様が如何せん納得されてなくて……」
少し気まずそうに話す、エナミに嫌な気配を感じてサーヤは言い募る。
「何をお父様は要望されたんですか?」
「私にピーター様を圧倒する力を見せてほしいと」
「はっ?力ですか?」
「そうですね、分かりやすい力を見せないとピーター様は性格上納得しないから、力を見せてやって欲しい、その結果、ピーター様に心理的なトラウマが多少出来ても構わないからと」
「貴方は武力でピーターお兄様をいたぶるのですか!?」
「そんな事は致しませんよ。恐らくは別の人間とやり合う所を見せるくらいでしょうね」
エナミの手元に、ダンジョン攻略課のデスクからやってきたレラが無言で一枚の紙を差し出す。レラはサーヤを一瞥する事無く、デスクに戻っていく。彼はちらりとその紙を見て、ため息をつく。
「今回のダンジョンブレイクの実行犯が、ダンジョンリングの使用状況からダンジョン管理課により特定されました。犯人はヤミール。ランドール共和国からやってきた、「龍槍」という二つ名のある元軍人ですね。私は彼の窓口担当なので、対処をする必要が出来ました」
「……お兄様ではないの?」
「ピーター様には直接は無理ですね。メリダダンジョンに入っても登録されたダンジョンリングを持っていない者は結界に阻まれますし。恐らくヤミールのダンジョンリングを何らかの手段で手に入れ、十階まで転移して「偽りの災禍」を使ったんでしょう。それが今のところ一番確率が高い推測になります」
「……そこまで分かってても、貴方はその無実かもしれない冒険者を追うの?」
「アイツはスラムか何処かで野垂れ死にしてるかも知れないですけどね。まぁ、担当冒険者のやらかしはその冒険者の窓口担当の責任でもありますから。これから探して相応の報いを受けてもらいますよ。その時にピーター様が居たら、巻き込まないように注意はしますね」
やはり、こんな異常事態に対してなんて事は無いいつもの事の様に話すエナミに、サーヤは違和感を感じてつい訊いてしまう。
「エナミさん、貴方は今回の件、いつから何処まで見えているの?」
エナミはため息を一つつくと、呟く。
「サーヤ様、そこは非常に残念ながら、お答え出来ない範囲ですね」
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