第六話 相談窓口の人は昼飯を後輩に奢る 2
エナミは到底納得いかない顔のレラに、もう一杯入れてきた温かいお茶を一口ズズッと啜りながら、本音を呟いた。
「あのなぁ、俺は本当にこのまま冒険者相談窓口を担当していく事を、出来る事なら定年になるまで一生やっても良いと思ってる。ダンジョン管理事務局に入ってから12年やってきて、それくらいこの職が天職だと思ってるからな。だから転属希望届けなんて出してないの」
「えぇ、定年まで一生相談窓口なんてぇ、そんな事出来る訳ないじゃないですかぁ!?それに毎回必ず出すようにってぇ、ダナン課長に半年毎に転属希望届けを渡されるしぃ。少し提出が遅れただけでぇ、阿修羅像攻撃喰らってた人ついこの間も見ましたよぉ」
さっきまでの剥れた顔から一変してレラはエナミを驚きで凝視する。エナミは先程味あわされた阿修羅像による精神攻撃の事を思い出し顔を顰めながら、相変わらずこいつは顔が忙しい奴だなと思いながら、ゆっくりと茶を啜る。
「俺は届けを一度も出してないって」
「え〜そんなぁ、だってぇ、あくまでもこの冒険者相談窓口は職員の知識とマネージメント能力を最大限評価出来るぅ、君達トップエリート達のステップアップの場所って言われてるじゃないですかぁ。ステップアップするためにもぉ、この冒険者相談窓口では目一杯の実力を見せなさいってぇ、ウチへの異動の時に人事部長にも言われましたよぉ」
「それはダンジョン管理事務局員の初任者研修や、ここの担当になる時の人事発令の場で言ってるだけだろ?俺がそう思うかどうかは別問題さ。それに…」
「それにぃ?」
「ダナン課長もその前の課長の時も、ずっと俺の事は黙認してるしな」
「えっ」
「ごちそうさま」
エナミは目を細め、お茶を飲み干し、手を合わせる。そしてテーブルの脇に置いてあった魚の骨だけが残った皿のあるトレイを持って立ち上がる。レラはその言葉を理解するのに時間がかかったせいで、立ち上がるのが一歩遅れた。彼女はワタワタ慌ててトレイを持ち、先に立ち上がるも行くのを待っていてくれていたエナミに付いていく。二人は片付け窓口にトレイを置き、厨房に声をかける。
「「ごちそうさまでした」」
その後、レラはエナミの方を向き直り歩きながらも、感謝を伝える。
「先輩ぃ、ゴチになりましたぁ」
「こっちから言ったんだから気にするな。ドラゴンステーキは満足か?」
「大満足ですぅ」
「なら良かったな。奢ったかいがあるよ」
エナミは軽く笑って前を向き、横のレラを見る事なく職場である相談窓口のある2階へと歩いて向かう。レラは歩幅を合わせてくれるエナミを優しく思いながら、付いてくように横を歩きつつも、もうさっき言いかけた話の続きは話してくれないかもなぁ、と思っていた。
地下の食堂から2階にあるダンジョン攻略課の冒険者相談窓口までの歩いて十分程で着く道程は、さっきのダナン課長が恐すぎた話やら、あのミゲルという男がどの階層まで行けそうかみたいな世間話をするだけで過ぎていく。
昼休みはまだ少し時間があるが、窓口に一度座ってしまったら、もう仕事の話しかしないのはレラがこの2年半と少しの間で分かった冒険者相談窓口の暗黙の了解だった。
案の定、相談窓口の固い木製の椅子に座ると世間話を止め、二人ともそれぞれが午後の仕事の準備へと移っていった。
ここで冒険者相談窓口の仕事の説明を少ししていくが、この相談窓口は窓口担当者のスケジュールが地球でいう所の一ヶ月単位でほぼ決まっている。
アルミナダンジョン国に5つあるダンジョンに、それぞれのダンジョン担当の相談窓口が4名程の体制でローテーションしており、レラで言えば地球でいう所の週2回、エナミはそのやる気の無さからか、週1回程の窓口業務の担当となる。
5大ダンジョンの攻略に当たって、何らかの相談がある冒険者達はダンジョン攻略課の入り口横の掲示板に一月単位で掲示されている各ダンジョンの担当者スケジュール表を確認して、自分の攻略しているダンジョンの担当者が窓口にいる日にやってくる。
因みに便利だからといって、ついついこのスケジュール表を剥がして持っていくのは、国への犯罪行為として罰則があり、3ヶ月の相談窓口の利用禁止となる。罰金などは無いが、冒険者にとってはそれ以上に階層攻略に影響が出るため、スケジュール表を剥がすような不届きものはこの50年ほどは出ていない。
また冒険者は相談窓口の担当は選べない。基本彼らは知識や能力、経験が足りないから相談窓口に来る訳で、ブロンズランクからシルバーランク程度の、このアルミナダンジョン国のしきたりや法律にも詳しくない初期段階の冒険者が使うため、どの担当者だろうとこの国のトップエリートである事から十分な対応が出来てしまう為だ。
その為、初めてこの冒険者相談窓口を使う場合のみ、掲示板を確認せず各ダンジョンの担当者が窓口に居なくとも、デスクからそのダンジョンの担当者が出てきて対応してもらえる。
相談窓口の予約受付などは無い。ただスケジュール表が出ている為か、大体決まった時間帯に決まった冒険者がやってくるのが、いつの頃からか慣わしとなっていた。後は窓口担当者の担当日以外は、極力その担当冒険者は顔を出さないのは初回の相談窓口利用の際に教えられる最初のルールだ。
そんなダンジョン攻略課の変わらない毎日のルーティンとして午後の相談窓口を開ける為、レラは机の下のボタンを押し、ダンジョン攻略課の入り口を閉ざすシャッターを開けた。シャッターがガタガタと開き切るかどうかのタイミングで、ドアが勢いよく開く。
エナミはその勢いよく開けられたドアで誰が来るか分かった為、斜めに椅子の背もたれに寄りかかって座ったままだったが、相談窓口としての気持ちを身構えた。エナミの午後1番の相談窓口にはそんな初心者向けというダンジョン管理事務局の役場としての建前を無視した冒険者が毎回やってくるからだ。
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