第三十二話 災禍が訪れる日 1
エナミが急に夕食に参加したその夜、サーヤはその日の事が現実感の無いままに自室のヘリクリサムを眺めながら、彼のいたブルックス家の夕食の団欒の様子を思い出していた。
サーヤがその日の昼間も部屋で咲き続けるヘリクリサムを飽きもせずに眺めていると、午後になってから急に、エナミが本日の夕食を一緒に食べるようになったと執事から知らされた。
彼女は慌てて準備をし始めたが、その時はまだ半信半疑だった。しかし、急遽決まった事が分かるように慌ただしく動きまわる執事とメイドの様子や、自身のお付きのメイドが丹念に自分の髪を整えてくれる事で本当の事なんだと徐々に実感が沸いていた。
実際にその日の夕飯前に我が家にやってきたエナミを出迎えた時には、本当の事だったんだと理解すると共に、いつもダンジョン攻略課で会う時よりも、ずっと彼が疲れて見えた。心配ですぐに挨拶したくとも、家のしきたり通りに父親から順に挨拶し、最後に自分の番になった。
いざエナミに挨拶の声を掛ける段階になって「サーヤ様、今日は一段とお綺麗ですね」と疲れが見えていても真面目な笑顔で先に言われてしまっては、自分自身、舞い上がるのを何とか抑えて、真っ赤な顔を隠す為に俯きながら「ありがとう」と言うのが精一杯だった。
その後の夕食の際も、彼と楽しそうに話すブルックス家の他の家族の会話に自分も入りたいと思ってはいたが、その度にちょっと困った顔をしてこちらをチラリと横目で見てくるエナミを見ては、決して見とれまいと顔を背けるハメになり、うまく話せないでいた。
その為、結局彼が玄関で父と話していた最後の言葉である「はい、私はサーヤ様もケビン様も悲しむ顔なんて見たくないですから」という言葉の意味もよく分からないまま、エナミが背を向け、玄関から門の方へと消えていくのを、手を振り、じっと見送っていた。
「行っちゃった……」
「サーヤ、最初の挨拶でエナミさんから褒めてもらったのは良かったけど、それであなた緊張しちゃったから、あまりにも話せなかったから残念だったわね?今日はあなたを驚かしすぎて、緊張が酷かったから、エナミさんも随分気を使って下さってたわよ」
「そうだったかしら。でも彼、何だか普段と比べて別人のようで」
「お母様の言う通りだぞ、俺はもっと楽しくお前が話すものだと思っていたが、何も言わないからひやひやしたぞ」
「でもウィリアム兄さん、そのおかげでエナミ君がどれだけ面白いか知れたし、サーヤの普段の冒険者としての様子も十分に分かったじゃないか」
「まぁ、確かにな。サーヤの話や、よく聞く噂とは違って彼自身の人間性が優れているのはよく分かったしな。お父様の言う通りでしたね。彼は我が家に必要な人材だと今回の会食で私も思いしりましたよ」
「……あぁ、そうだな」
上の空でウィリアムの話に応える父親のいつもでは考えられない様子を見るべきだったサーヤだが、実際にはウィリアムが言ったエナミが我が家に必要な人材という言葉の方に翻弄されていた。
そして家族として迎え入れられるエナミとの新婚生活という妄想の世界に再び飛び立ちそうなサーヤを置いて、みんなが玄関先で解散した後、ハッと気付いてフラフラ戻った自室で、エナミに貰ったヘリクリサムを見ながら少し冷静になって考える。
今日のエナミは一体何をお父様と話に来たのかしら、と。
サーヤはその答えを考えるにはあまりにも現実逃避していた夕食の詳細を彼の物憂げな横顔(あくまでもサーヤ視点)がちらついて思い出せず、諦めてその日はただただ夕飯の後も自分の側にエナミがいてくれた幸せな夢を見て眠りについた。
その三日後、ピーターはランドール共和国からルーガードとの計画の詰めがスムーズにいき、意気揚々とブルックス家に帰ってきて早々、すぐにケビンに執務室に呼び出され、自身とルーガードの計画の出鼻を挫かれていた事を知る。
「はっ?ダンジョン攻略課に計画がばれている?」
「そうだ、しかも相手は準備万端だ」
「有り得ません。私とルーガード議長以外は直接この計画のデザインの全貌を知っている人間がいないのですよ?どうやって彼らが知りえたっていうんですか?」
「それでもあの様子だと、エナミ君は恐らくお前達の計画の全てを分かってるぞ?しかもだ、もしメリダダンジョンをダンジョンブレイクするなら、それすら正面から受け止めて対応するつもりだ。相手はそういうレベルでの準備万端だが、お前はそれでもやるのか?」
「……もし計画がばれ、対応も万端だとしても、もうこの計画は止まりません。それにお父様。これは私とエナミ・ストーリーとの戦いですから、これからは口出し無用でお願いします」
「分かっている。彼からもそれは止められたからな。後な、この間会食した時にピーター宛に彼からの伝言を預かっているぞ」
「伝言ですか?」
「あぁ、お前宛にな。「私が次にお会いする時は面識が無いために、もしかしたら礼を欠いてしまうかもしれませんが、どうかご容赦を」と、そう確かに彼は言っていたよ」
「……これは挑発と捉えて宜しいのでしょうか?」
「違うな、彼は本当にお前を心配してるんだろう。無駄死にするなとな」
「……それを舐められていると言わずして、なんと言うんですか!!」
ピーターは激情にかられ、気持ちの赴くままにケビンの執務室の机を握り拳でバンッと叩く。ケビンは執務室の自分の椅子に確りと背中を預けたまま深く座り、ピーターの行動に驚きもせず、隣に立つ執事に黙って片手を出し、葉巻を受け取り、火をつけてもらい一息吸う。執務室内が吐き出した煙が漂う中で、荒いピーターの呼吸音以外は沈黙がおりた空間でケビンは呟く。
「相手に慈悲をかけられ、寧ろ心配すらされている。それでもこんな事をやる価値がお前達の中に明確にあるのか?」
「……少なくとも私とルーガード議長には」
「そうだな、それは信念とも愚行とも言えるが、やってみたら良いか……」
「私では勝負になりませんか?」
「彼はお前の事を今回の指し手と考えてないかもしれんな。あくまでも一つの駒と捉えているだろう。それ故に彼自身はこの対応を大人げ無いとすら思っているかもしれないな」
ピーターは父親のその発言を聞かされて、あまりの屈辱から更に両手を握りしめていた。爪が手のひらに刺さり、血が拳から滴り落ち、執務室の机を汚そうとも、彼はその握った拳を開かなかった。
「……お父様、今回の私の方の勝利条件をどう考えますか?」
「私が審判では無いが、今回の件を公正に見て、お前の勝ちはメリダダンジョンからモンスターが氾濫し、一般人もしくは建築物に被害を与えられた段階だろう。冒険者達は当然ダンジョン管理事務局から防衛要請に駆り出されるから、それの被害は評価に値しないな。ルーガード議長はレラ嬢の誘拐の成功という所か……そこの結果は推して知るべしだがな」
「……分かりました。私の方は必ず成して見せましょう。ブルックス家の名にかけて」
ピーターは顔を見せないように俯いたまま振り返り、背を向け肩をいからせ、黙ったまま執務室を出ていく。そんなピーターをケビンは寂しそうに見ながら、呟く。
「すまんな、ピーター。これもブルックス家の習いだ。足掻くだけ足掻いて、生き残れよ」
彼の一言はピーターには聞こえる事なく、葉巻の煙とともに消えていった。
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