第三十一話 笑う議長 4
ルーガードは自分自身とランドール共和国の運命を変えるその日が遂に来る事を、ピーター・ブルックスの来訪により知らされた。
彼は権力に倦むには十分だったこの二十数年を振り返り、まずは自分の手にした物を思い出そうとするが、お金と権力以外は全てが灰色の思い出と言うにも程遠い、策謀や暗躍といった唾棄すべき記憶しか無かった。
今までのルーガードは、ただお金と権力にすり寄ってくる連中を相手に自分の歪んだ笑顔を見せれば、恐怖を敬意と勘違いして良いように使ってこれた。しかしもう、そんな風に振る舞う事自体にも彼は飽き飽きしていた。
「議長、ピーター・ブルックス様がお着きです」
「こちらに通しなさい」
「はい」
2ヶ月ぶりに会うブルックス家の次男は自信に満ち溢れている態度と姿勢で、横柄にも取られかねない勢いで颯爽と歩いて国務会議の議長執務室に入ってきた。彼はルーガードに笑いながら、握手をし、すぐに話しかける。
「ルーガード議長閣下、お待たせしました。いよいよ用意が整いました」
「そうかね……ようやく叶うのかね」
「はい、こちらではアルミナダンジョン国のダンジョンブレイクはご覧になれませんが、代わりの商品をお届けする手筈は整っております」
「ようやくアルミナダンジョン国にひと泡吹かせた上で、レラ・ランドールを手に入れる事が出来るのか……」
「ここまで議長閣下が長い年月かけた準備が報われますね」
気が付くと、自分よりもピーター・ブルックスの方が前のめりになって計画の進行をしているように感じたルーガードは少し嫌な予感を覚える。彼はこのままこの男に任せても良いものか一瞬考えるが、長年想いはせていた計画が走り出そうという現状を今更だと思い直し、話を進める。
「貴国での首尾はいかがか?」
「こちらの者達、特に警戒すべきダンジョン管理事務局はまだ気付いてないでしょうね。私がこうしてここに来れて、議長閣下と話せている訳ですから」
「泳がされているという可能性は?」
なおも疑り深く確認するルーガードの言葉をピーターは一笑に付して、滔々と解説する。
「流石ですね、議長閣下。皮肉ではなく、称賛として聞いてほしいのですが、その疑り深さがあなたをその地位まで押し上げたのは今回の計画の遂行に当たってよく分かります。決して自分の手を汚さず、自分に目を向けさせない手腕もさすがとしか言いようがありません。しかし今回の件、そもそもの話ですがこの計画の全体像を知っているのは私とあなただけです。必ず二人でお会いする時もお互いに人払いをして、警護担当もその都度替えている位ですよ。一体全体どうやって計画の漏洩をするんですか?私とあなたの頭の中を見ない限りは不可能ですよ」
「アルミナダンジョン国には能力者が数多くいるであろう?」
「議長閣下、それはあまりにも能力者を恐れ過ぎです。彼らとて、万能ではありません。あくまでも人間の域を超えてはおりません。仮にもしそんな存在がいたとしても、私が知らずに今までダンジョン管理事務局に目も付けられず、表舞台にも出てこない時点でアルミナダンジョン国内での影響力は無いでしょうしね」
「確かにな。「始まりの七家」ブルックス家が知らぬ優秀な者が、アルミナダンジョン国内にそうそういる訳は無いか……」
慎重に慎重を重ねて、それでも石橋を叩いて、このランドール共和国の争乱の時代を生きてきたルーガードからしたら、ただただアルミナダンジョン国は不気味な存在でしか無かった。
彼からすれば、偉大なる冒険者達の伝説ばかりが聞こえている彼の国の内情を知りたいと思う半面、あまりにも自分の想像と違っていたら、手の打ちようの無さにどうしようという恐怖感の方が勝っていた。
その中で目の前のアルミナダンジョン国の建国以来続く「始まりの七家」ブルックス家の人間が語る言葉は非常に軽くも聞こえるが、現在の冷静なアルミナダンジョン国の評価とも思え、実像を捉える唯一のものかと呑み込まざるを得なかった。
「では結局、聖遺物が3つ揃った所でどうすれば良い?」
「議長閣下、ここからは完全に役割が分かれます。私の方はメリダダンジョンのダンジョンブレイクを、閣下の方はその混乱に乗じたレラ嬢の誘拐を別個の組織として行う形になります」
「そこは分かっている。そのための人員もこちらは用意した。ただ当然ダンジョンブレイクが起きれば、現場が混乱し、計画通りに進まず、齟齬が生じる事があるだろう。その際の連絡役はどうするんだ?」
「私の方でも何人か候補を用意していたのですが、運命に導かれたのか、この半年でちょうど良い候補が浮上してきました。議長閣下もご存知の人間です」
「ほう……私も知っていると」
「はい、彼にはまだ了承は取れていませんが間違いなく協力してもらえるでしょう。積極的とは言えないかもしれませんが」
「そのような者、信用できるのかね?」
「はい、何故なら彼が最も欲しているものを我々が用意出来るからです。ただその為に、議長閣下にはいま少し協力を仰ぐ必要がありますが……」
「資金かね?まだ必要か」
ルーガードは拝金主義とは言わないが、いよいよブルックス家の人間もあくまでも商人かと思い顔を顰め始めていた。しかしピーターは自信ありげに笑顔で首を横に振る。
「いえいえ、費やしていただいたお金で十分でございます。今回は人です。お一人、こちらが指定する身内の方をそちらの連絡役に用意してもらえませんか?」
「人一人で良いのかね?随分たやすい要望に聞こえるが、それは誰だね?」
「はい、?それは……」
ピーターが笑顔のまま、ある人物の名を告げると、ルーガードも歪んだ笑顔をその日初めて見せた。彼からすれば久しぶりに心の底から嬉しく思う事が出来る瞬間だった。
もし気に入ったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。




