第二十八話 エナミは忠告をする 1
エナミは毎日自分のダンジョン攻略課の仕事だけでなく、予想されるダンジョンブレイク対応の詰めをしていた為、恐ろしい量の仕事をさせられるハメになっていた。
特に問題なのが、今回の件が保安部と外交部との合同ながらも極秘事業である為に、いつもの業務時間では出来ない事だ。ましてや保安部部長と第一外交課課長補佐という、自分よりも肩書が上である人間達と仕事をせざるを得ないためにスケジュール調整にも気を使っていた。
そんな訳でエナミはこの日も定時で仕事を終えるための摺り合わせを朝からダナン課長のデスクの前でしていた。
「エナミ君、合同研修日程の調整は?」
「そちらは、既に済んでいます。こちらの資料に記載していますが、第二資材課課長の予定だけがまだ未確定ですが、合わせていただける方向です」
「分かった。ではその合同研修に合わせて出す新規のウチのマニュアルの進捗状況はどうなってる?」
「そちらはもう先方にも確認してもらっているので、後はダナン課長に確認してもらって判子をいただければ」
「そうか、では確認しておくよ」
今日のダナンの背中の阿修羅像は珍しく穏やかにエナミを見つめている。それもそのはずで、朝から向かい合うエナミの目元は隈が広がり、ギラギラした目は充血しきっていたからだ。
明らかに疲労が抜けてないエナミにダナンが優しく声をかける。
「……エナミ君、そろそろ有給の消化をしないかね。君の事だ、他の仕事は概ね済んでいるんだろう?」
「はい。ありがとうございます。一通りは終わってるので、ご迷惑はおかけしなくて済むかと。確かにレラが心配してるんで、流石に休ませてもらおうかとは思ってます」
「そうすると良い。後は彼女の通勤のセキュリティについては、私からも第一保安課に念押ししているから安心してくれたまえ」
「分かりました。では今日の午後にでもお休みいただきます」
「うん、そうすると良い」
エナミはダナンに一礼して、一番奥のデスクから自身のデスクに向かう。レラには当然それが分かっていた様子で、自分自身の事務作業を切り上げて、戻ってきたエナミに声をかける。
「先輩ぃ、大丈夫ですかぁ?」
「悪いなレラ、心配かけて。今日は昼で上がるから」
「それなら良いんですけどぉ……。私には何か力になれる事はないんですかぁ?」
エナミは心配して見上げてくるレラの肩を軽く二度叩き、明らかに疲れていながらも笑顔で返す。
「ありがとうな、こっちはもう、後は詰めをやれば終わるから、お前はそのまま普通に仕事して人事異動に備えてくれよ。俺もこの仕事が終わったらゆっくり出来るし、いつものだらけた生活に戻るよ」
「本当ですかぁ?私ぃ、なんだが嫌な予感がしてぇ」
「ああ、本当さ。俺がどれだけ無理と無駄が嫌いかはレラもよく知ってるだろう?」
「……何かあったらご飯を奢ってもらいますかねぇ」
「分かった、分かった。もう席に戻れよ」
「約束ですよぉ」
疲れていても笑顔を変えないまま、エナミは仕事に戻る為に自身のデスクに座り、レラにも仕事をするように促す。彼女も渋々という顔のままで自分のデスクに戻る。
昼になり、お昼ご飯に向かう同僚達に声をかけながら、エナミはダンジョン攻略課を出ていく。一階に下り、冒険者求人課の受付に顔を出す。
「あぁ、マリー、今日も綺麗だね。この間はミズキさんの送別会でサプライズゲストありがとう。今、ちょっと良いかな?」
「良いわよ?でもどうしたの、エナミ君、直接こっちに来るなんて珍しい……っていうか随分疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「あぁ、今日は課長も気にしてくれて昼で上がりだし、このしんどい仕事ももうちょっとで終わりだしね」
「そうなら良いけど……」
「それでしんどい仕事絡みで、ちょっと君に訊きたい事があるんだけど」
「エナミ君の助けになるなら、答えられる事なら何でも答えるわ」
エナミはマリーの心の底から心配そうな顔を見て、今日は会話する人みんなにこんな顔をさせちゃってるなと思い、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そんな難しい事じゃないよ。簡単な事さ、最近のヤミールの様子を教えて欲しいのさ」
「なんだ、そんな事?彼に直接訊いたら良いんじゃない?」
「いやいや、マリーから見た客観的なアイツの評価について訊きたいんだよ。もしかしたら、これから担当冒険者になるかもしれないしね」
「そういう事ね。もういつでも国営冒険者アカデミーの研修を終えて、冒険者として活動開始出来ると思うから、第三者評価を訊きたいのね」
「流石に理解が早くて助かるよ」
エナミが偽りの理由を作って話している事が分かっていても、マリーは疑問に思っている顔を一ミリも見せる事もせず、それ以上は全く言及しない。
ここ最近のヤミールの修練場での活動やそれ以外についても国営冒険者アカデミーから上がってきている情報以外も含めて、エナミに全てを話す。
マリーからの話が終わってからも、エナミは二、三詳しく情報確認をして、結局三十分位は彼女の時間を独占していた。勿論その間に来ていた冒険者候補の応募に来ている人間達は待たせていたが、彼らはエナミの制服を見て、ソファーに深く座りマリーが空くのを待つ。
冒険者候補として国営冒険者アカデミーに来ようとしているような人間にとって、ダンジョン攻略課の職員は味方にはしても、敵には決してしてはならない存在だからだ。
「ありがとうマリー、本当に助かったよ。また落ち着いたらご飯に行こう」
「ふふっ、期待せずに待ってるわ」
「今度はちゃんと二人きりで行こう。積もる話もあるしね。じゃあまた」
エナミの少し疲れた顔が晴れたのを確認して、冒険者求人課の受付から出ていくのを見送ってから、マリーは呟く。
「まったく今度はどんな大事に関わって、どんな話をするつもりなんだか」
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