第二十七話 笑う議長 3
ランドール共和国の大統領府の自身の執務室で、ルーガードはピーター・ブルックスの部下から届けられたいかにも格式高い手紙を開けた時、久しぶりに自分が緊張している事を自覚していた。
これで今の閉塞感が強いランドール共和国の何かを変えられるか、いや変えなくてはならないとルーガードは決意を新たにして手紙を開いた。そしてその思いは手紙の中身を読んでいる時に考えていた事の全てとなっていった。
手紙を読み終わったルーガードは手紙を丁寧に封筒に入れ直してから、自身のデスクの棚に仕舞う。その後、秘書に声をかけ、別室で待たせていたピーターの部下を呼び、手厚い礼をしてから次の言葉を伝える。
「君、済まないが手紙の返事はこれからすぐに書くから、少し待っていて貰えるかね?」
「はい、我が主からも、もし議長閣下が返事を書かれるようなら、待機するように言われております」
「流石ピーター殿だな。秘書が呼ぶから、向こうの部屋でもう少し待っていてくれ給え」
ルーガードが手元にあるベルを鳴らすと、隣の部屋から警護がやって来て、ピーターの部下を連れて行く。部屋のドアが閉まる前から、彼は返事を書き始める。
今すぐにこの謀を始めるには細かい打ち合わせが足りないが、それもピーターがこちらに来ると言っている一ヶ月後には殆ど手筈は整っているだろうと、ルーガードは考えていた。そう、それだけの準備はあの時ピーターに初めて「偽りの災禍」の話をしたはるか前からこちらはし始めていたのだ、と。
ランドール共和国からランドール家の呪い、いやグラハム・ランドールのカリスマ性の完全な排除をするのに二十年かかったが、この作戦でそんなものはすぐ終わりを迎えるのは分かっていた。
民衆とは移ろいやすく、この国の安定が国務会議によるものとはランドール家がいるは勿論、居なくなってからも全く感じていない事はこの二十年でルーガードも散々分からしめられた。
何故聖カムルジア公国と戦争をしなくちゃいけない?どうしてナランシェ連邦にドニア地域の住民達は加盟しようとしていく?そんな事は日々の生活に精一杯の彼らランドール共和国の国民には全く関係が無い事だった。
自分達の生活が良くなりさえすれば、国務会議が周辺諸国と何をしていようと全く関心を払っていないのが大多数だった。むしろランドール家が視察という名の定期的な地方への巡業により、どんな風に彼ら天上人が自分達の生活を見守ってくれてるかを間近で感じられる方が大事なのだ。
まるで吟遊詩人が語る伝説や物語を実際に見るような目で、ランドール家を見ているのだ。だからこそランドール家がアルミナダンジョン国に亡命した際に、あんな反乱じみた事が起きるのだ。
彼らが出ていくという選択肢を彼らが選んだにも関わらず、自分達国務会議の面々や元老院のお歴々が無理やり追い出したんじゃないか?
その疑問をランドール家が馬車の中から笑顔で手を振り、首都トールタイプをいつもの地方視察と同じ様な感じで出ていき、後で大統領府からランドール家はアルミナダンジョン国に亡命したと通達された民衆の心の中で育っていった。
故にこの二十年に渡って、国務会議の象徴たるルーガード議長はいつも国民からの批難の対象であり続けていたのだ。常にこのランドール共和国を支え続け、2回あった国家間との紛争という大きな問題もスムーズに解決させた筈の自分の低過ぎる評価に疲れた自身を誰を責められようか?
ルーガードの逆上した政敵に傷つけられ、出来上がってしまった歪んだ笑顔が、いつの間にか自分を蝕み、気がついた時には確固たる信念も歪まさせていた。
そんなに我らがランドール共和国国民がランドール家を求めるなら良いだろう、二十年の時を乗り越えて、彼らランドール家に最愛の国にご帰還頂こうではないか。
ただし、あの太陽の様に今だに輝き続けているであろうグラハムでは無く、愛娘のレラにはなるが、十分君達の欲求を満たしてくれるだろう。
何故なら彼女もランドール家の正当な血統なのだから。
約500年前に出来たランドール共和国の建国以来、共和制を敷く我が国の中にあってその歪さを皆が分かっていながら、見て見ぬふりをしているのは、暗黙の了解なんだというのは分かる。
憲法上でもあくまでも国民に選挙で選ばれた大統領を彼らランドール家は代々しているに過ぎない。実際に大統領選挙は4年に1度行われているが対抗馬は出てこず、選挙というより大統領の信任投票日の夜は、民衆へ行われる大統領演説が一番の出し物だった。
グラハム・ランドールが大統領に信任された日の夜の大統領府で行わられた演説は、今だに語り継がられ、ルーガードの心の闇を何時でも刺激していた。
ただの一個人の演説であんな分かりやすい熱狂を集まった10万人もの民衆達に作れるのか、と。そもそも自分なら大統領府の前に10万人もの人間を集める事が出来るのか、と。その自信が無いからこそ彼は大統領では無く、国務会議の議長であり続けていた。
これはそれまで権力を手にしようと散々後ろ暗い事をしてきたルーガード自身への強烈な皮肉とも言えたが、あの演説を間近で見た彼は決して大統領にはなろうとはしなかった。
手紙の返事を書き終えた彼は、再度ベルを鳴らし、警護とピーターの部下を呼びだす。
ルーガード自身の終わりか、はたまたランドール共和国の新たな始まりかは分からないが、このベルが今までとは違う物語の開幕を告げる事になるのを彼は強く感じていた。
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ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。




