第二十六話 ピーター・ブルックス 6
サーヤがメリダダンジョン五十階攻略後、つかの間ゆっくりと自室のヘリクリサムを眺めてウットリと妄想の世界に旅立つ少し前に、遂にピーターは3つ目の聖遺物「揺るぎなき風」を手に入れていた。
その知らせをブルックス商会の定例会議直後に、会議室にて部下からメモで知らされた彼はその場でガッツポーズして、小躍りでもしそうになる自分を抑えて、メモを冷静にひと目見ただけで、すぐに部下に返す。
隣でこちらも部下に指示を出していたウィリアムが振り返り、ピーターに声をかける。
「随分と嬉しそうだな、ピーター。何か幸運の知らせでもあったか?」
「いえいえウィリアム兄さん、大した知らせではありませんでしたよ。ただ、だいぶ待たされた案件なので、これでようやく計画を進められると思うと少し嬉しくはなりますよ」
「そうか?大した知らせだろうよ。お前のその片耳が引くつく時は必ず何か喜びを堪える時だからな。まぁ何にせよ、商談相手にはそこから自身の感情を悟られない様に気を付けろよ」
「ウィリアム兄さんくらいですよ、僕の事をそんなに観察してるのは」
「そうかな?商談相手も案外よく相手の表情を見ているものだよ」
「耳に痛いご指摘はそれくらいで。これから次があるので、失礼します」
ドキッとしながらも上手く表情を抑えて、軽く笑いながらその場を去ろうと立ち上がりかけたピーターに今度は厳しい目をしたケビンから声がかかる。
「ピーター、急ぎの用でもあるのか?」
「はい、お父様。次が少々詰まってますが…何かお話でも?」
「あぁ、少し二人きりで話がしたい。この後そっちの仕事の調整がつき次第、私の執務室に来なさい」
「……分かりました。少しお時間をいただきます」
颯爽と会議室から立ち去っていくケビンの事を頭を下げ見送る三兄弟。ウィリアムは「頑張れよ」と苦笑しながら肩を叩き、先に出ていく。テリーも頭を軽く下げ先に出ていく。
ブルックス家家長であるケビンが何かを言えば、それは命令である。親子である前に上司と部下という関係性を徹底的に叩き込まれた幼少期を経て、それが「始まりの七家」ブルックス家の当然のあり方となっていた。
すぐにランドール共和国に動きたい思いを堪えて、ピーターは先に部下達に指示を出していく。一通りイメージ通りの指示を出し終えると、深呼吸をしてケビンの執務室に向かい、ノックをして返事を確認してから入室する。
「失礼します。お父様、少々スケジュール調整に手間取りまして、お待たせしました」
「いや、スマンな。あの場では話しにくい話題だったからこちらに来てもらったが、あまり時間は取らせんよ」
「構いません、私も報告したい事が出来ましたので。それでお父様、どの要件で?」
「今、お前がランドール共和国のルーガード議長と組んで進めている「偽りの災禍」の使用についてなんだが、何処まで進んでる?」
ピーターはルーガード議長からこの話が出た直後から、すぐにケビンに報告しアルミナダンジョン国のプラチナランク冒険者達に聖遺物の収集依頼をする許可を取っていた。
その為、これまでも定期的にはケビンに進捗の報告をしていたが、今回遂に3つ目の聖遺物を手に入れられた事を伝える。
「お父様、遂に部下から3つ目の聖遺物「揺るぎなき風」を手に入れたとの報告がありました」
「そうか……。では遂に起こすのだな?」
「はい、アルミナダンジョン国では30年ぶりのダンジョンブレイクになりますね。しかも「偽りの災禍」を使ってとなれば、快挙では?」
「快挙……か」
「はい。前回の30年前の時は公開されている情報で地上へのモンスター氾濫がありましたので、人的被害だけで一般人3000人、冒険者50人以上の死傷者が出る大災害になってます。しかもその際はプラチナランクの冒険者が5人も重傷となっていました」
「そうか、それでは前回の反省をどのくらいダンジョン管理事務局がしてるかは地上へのモンスター氾濫が一つの目安か。ピーターとしてはどの5大ダンジョンで「偽りの災禍」を使うつもりなんだ?」
ピーターは一瞬の逡巡の後にケビンに答える。
「……今回はメリダダンジョンで使うつもりです」
その答えにケビンは薄く嗤う。
「ほう、敢えてか?もしそんな事をしたらダンジョン管理事務局はどう動く?昇格したばかりのサーヤに出番を与えるか。それともエナミ君が何とかするかな」
「お父様にもご興味が?」
「そうだね、メリダダンジョンで良いんじゃないか。私もその脚本でどういう結末になるか知りたいね。ただピーター、お前は本当に分かってるのかい?」
「何をでしょうか?」
「エナミ・ストーリーを敵にまわすという事の意味を」
「敵にまわす意味ですか?」
ケビンは笑いながらも、目は鋭くピーターを射竦める。ピーターは言われた最初は笑っていたが、ケビンの眼の鋭さにとても余裕を持ってはいられなくなる。
「そうだ。彼は明らかに怪物だよ。サーヤを使ってでもブルックス家としては敵対しないように気をつけている。だから今回はあくまでもピーターが個人的に彼に挑む戦いになるからね」
「サポートはしていただけないと?」
「ここまでも十分にサポートしただろう。あの「偽りの災禍」の作成すら認めたじゃないか。それに本来ならあり得ない、我が国にスパイ疑惑すらかけられかねないルーガード議長との繋がりも認めたからな。……ただ彼はちょっと無理かもしれないがな」
ケビンは片手を出し、控えていた執事が葉巻を渡し、火をつける。
「ランドールの呪い……結末は果たしてどちらに転ぶやら」
ケビンが吐き出した葉巻の煙はピーターの前で漂い、お互いの表情を隠す。
ケビンはピーターの屈辱に歪んだ顔を、その時にもしちゃんと見ていれば、その後の判断は変わったかもしれないと、後になって気がつかされるのだった。
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