第五話 相談窓口の人は昼飯を後輩に奢る 1
第一章は毎日十時に更新します。今の所三十五話以上あるので、第一章が終わるのに6月中旬まではかかりそうです。興味があれば、お付き合い下さい。
プロローグの前書きにも書きましたが、勢いで書き始めた為、整合性を保つためにちょくちょく編集しています。編集されたものは長くなってたり、誤字が直ってたり、小ネタを追加していますが、余程の事が無ければ、流れを変えるほどのものはありませんので、追加が気になる方だけ、振り返って読んでいただければと思います。これもweb小説独自の味かと思っていただけると幸いです。
ここで少しダンジョン管理事務局の構造について説明していくが、ダンジョン攻略課にはかつて自分達が管理事務局の花形部署であるプライドから予算を通させ、同じダンジョン攻略部の冒険者求人課を2階から1階に追いやり、作ったレストランがある。
ダンジョン攻略課に一度は異動になった者は大抵、その特別待遇が気に入り、このレストラン「pas si savoureux」に転属後も通い倒すが、日本で言うところのお高いフレンチレストランのようで、堅苦しいのは苦手なレラは一度だけ同期や他の同僚と懇親会という形で連れられて行って嫌になり、それ以降は仕事絡み以外では行っていなかった。
ましてや「末成りの物語」の異名を持つエナミからすれば、このレストランの中では嫉みと嘲笑と、陰口を叩かれる事うけ合いで、居心地が悪くなるのは百も承知であった為、研修や会議の後に無理矢理上司に連れて行かれる以外は近寄りもしないように気をつけていた。
その為この日のお昼も、二人は普段から行きつけのダンジョン管理事務局の地下フロアにある、定食が上手い「来るもの拒まず」という古びた赤い暖簾と色が灼けた油が浮いたような看板がいかにも似合う一般の方々も使える食堂に顔を出した。
案の定、マンモス大の学食のような広い食堂のフロアは半分程度しか埋まっておらず、エナミに気づく者もほとんどおらず、気付いたとしても別段彼とは全く関係が無い為、自分の食事に集中しており、特段の反応はしなかった。そのため二人は自分達がお気に入りにしている窓際のテーブル席に座れた。
セルフサービスで何でも運ぶ学食スタイルの為、レラはお目当てのドラゴンステーキがメニューにあったのを満面の笑みで確認してから、デザートのケーキも追加で頼んでトレイを運んでいた。
エナミも喜んで浮かれているレラの隣を、まるで子供のままだなと苦笑を隠しきれないまま、食堂で一番安いダンジョン産の魚の煮付け定食を運んでいた。
「エナミ先輩、ゴチそうになりますぅ」
「良きに計らえ」
「またそうやってぇ、偉い人の真似なんて先輩には似合わないですよぉ」
二人して横並びにトレイを運びながら、肘でエナミを突くレラとのやり取りを、見る人が見ればイチャイチャしていてうっとおしく感じさせるが、トップエリートなのに「末成りの物語」の異名が広がり過ぎているエナミの事を積極的に弄ろうとする職員や一般の人間は、ダンジョン管理事務局の地下食堂には居なかった。
ドラゴンステーキに舌鼓をうち、ケーキもついでにペロリと平らげたレラは、向かい側に座る、綺麗に魚の骨だけ残したトレイを脇に置いてお茶を啜る先輩に、ここぞとばかりに普段疑問に思ってる事を訊いた。
「エナミ先輩はぁ、いつまで冒険者相談窓口にいるんですかねぇ?」
「あぁ、どういう意味だ?」
「だってぇ、どう考えても最長記録ですよねぇ、在籍12年ってぇ。他の部署ならいざ知らずぅ、エリートの登竜門のダンジョン攻略課ですよぉ?もういい加減次の転属先の話が先輩の所にも来てもおかしくないんじゃないですかぁ?」
「無いなぁ、別に。そういうお前はどうなんだ?冒険者相談窓口の所属になったこの2年半以上で担当冒険者の死亡事故ゼロできて、しかもゴールドランク入り間近が2人ときてる。当然、上層部の覚えは良いだろうし、次の転属先の希望届けは本人の望み通りにどこでも通るだろう」
「私の話は良いんですぅ」
レラは不思議に思っていた。冒険者相談窓口の先輩として、第二資材課から転属させられたレラは、ダンジョン攻略課に配属された当初から2年半以上エナミに指導を担当してもらっている。彼のその仕事の能力はトップエリートしか居ない冒険者窓口勤務の職員の中でも、明らかに飛び抜けていた。
指導力だけではない。あらゆる仕事の能力が、である。特にレラは自分の担当が死亡事故ゼロなのはエナミのお蔭だと身に沁みて分かっていた。
レラが冒険者相談窓口の所属1年目で右往左往していた最初のうち、エナミに言われた通りに担当冒険者にアドバイスするだけで、担当冒険者がドンドン階層を攻略していき、いきなりシルバーランクまで駆け上がっていった。
エリートでも難しい、極優れた人物しかあの相談窓口の仕事は出来ないのにお前なんて出来るのか?って、異動する前は心配そうに周りは言ってたけど、こんな仕事簡単じゃないかと誤解しそうになったのは、今では良い思い出だ。
所属して半年後、レラが自分の力を過信して調子に乗り始めた頃、一度自分で全部やってみろとエナミに任され、何をして良いか分からない事に初めて気付いても、今までの実績と自分のプライドを優先してアドバイスを適当にしたために、いきなり担当冒険者がダンジョンで失踪しかける事件が起きた。
すぐにエナミが手をうち、担当冒険者は発見され、大事になる前に事なきを得て、あの恐ろしい阿修羅像を背中に背負ったダナン課長からも口頭注意をいただく形だけで済んだが、しばらくレラは凹んだ。
そして、いかにこの仕事が難しいものかを初めて気付かされたと同時に、エナミの能力の高さを断片的に理解させられた彼女は、少なくともその後、今に至る2年半以上に渡って安全第一なダンジョン攻略を冒険者にアドバイス出来ていた。
それも結局はエナミがその失踪未遂事件の後、レラが凹んでる時にくれた「これで安心安全アドバイスが出来る冒険者相談窓口の手引き」というマニュアルを彼に言われるまま読み込んだお陰である。
結局の所、レラが上に覚えが良いのは全てエナミの力と彼女は思っていた。そんなエナミはお茶をズズッと啜ってから呟く。
「俺は異動しないよ」
「はいぃ?」
「俺は多分定年までこの窓口にいることになる。というよりそれが望みだ」
「どういう事ですかぁ」
恩人のやる気無い言葉にレラは珍しく語気が強くなった。
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気にいらなかったら、貴重な時間を使わせて申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。