第二十五話 龍槍のヤミール 5
パーティーの場で聖カムルジア公国の大公を救った事は評価されるも、そもそもの警護体制の甘さから事態を招いた責任を追求されたヤミールは、千人長の肩書は持ったまま、ドニア地域という南のナランシェ連邦に隣接した所に地域方面軍管理官という形で赴任を命じられた。
当然これにはアデル、エンリケ両名とも猛抗議をしたが、犯人の死体もいつの間にか消え、凶器のナイフも無くなっており、ただ聖カムルジア公国の大公が襲われたという事実だけが残され、軍本部から通達されたこの更迭とも言える人事を受け入れざるを得なかった。
この人事の通達をする為にアデル将軍が執務室にヤミールを呼んだ時、非常に後悔している様子が窺えた。
「あの演舞をちゃんと俺が止めていたら…」
「いえ、どちらにせよ、ルーガード議長は俺の功績に何らかの瑕疵をつけるように仕組んでましたんで、いくらアデル将軍があの場を取りなしても結局はうまくはいかなかったでしょうね。あの笑顔からは何も読みとれないですけど」
「そうは言っても、今度はドニアか……」
「ドニア地域はどんな土地なんですか、エンリケ様?」
アデルとエンリケの二人は顔を見合わせるも、アデルが顎をしゃくり、エンリケが言うように促す。エンリケは諦めのため息と共に語りだす。
「あそこはね、蠱毒みたいな場所だよ」
「蠱毒…ですか?エンリケ様、難しい話はよく例えが分からないのですが?」
「あぁ、棄民政策を取っている場所と言えば分かるかな?」
「棄民?まさかそんな政策……。ここは共和国ですよね?聖カムルジア公国なら分かるけど……」
「そうだな、この辺はお前にはよく分からん感覚だろうが、ランドール共和国からランドール家が居なくなって早十八年。その間もランドール家の帰還を望む国民は数多くいた」
「ランドール家?あぁ、あまりの行いの悪さに追放されたって兵学校で習いましたけど」
「お前らの世代の感覚だと、そういう教育のもとランドール家は非常に悪い認識だろうな。実際はそんなんじゃなく、今のルーガード議長達が権力に目が眩んで、一家みんなで追い出されたのさ」
「えっ?そんなのって通るんですか?」
「そりゃあ、無理くり通したのさ。まぁ、当時のグラハム大統領も議会には嫌気が差してたから、潮時っちゃあ潮時だったんだろうけどな」
「そんな事があって、ランドール家ゆかりの者や、かつてのランドール家があった頃の支持者達を集めて送り込んでるのが、ドニア地域になります。彼らを迫害する代わりに開拓民という扱いで国の端に追いやり、暴動等を起こせないように管理している形ですね」
かつてのマクワリで起きた国民と軍との武力衝突を再度起こさせない為に、ルーガード議長は強行策ではなく、こういう形で自身を支持しない人間を追いやっていっていた。
「当然そこの治安維持をするような人間はいらないトラブルに巻き込まれるだけだ。だからな、十分に気をつけろよ、ヤミール。なるべく早くこっちに戻してやるからよ」
「そうですよ。こっちにはヤミールのようなアデル将軍を御せる人材がいつでも必要なんですから」
「エンリケ!お前、それは無いだろう!?」
「ハハッ、期待に応えて、なるべく早く帰れるよう、いらん揉め事起こさないように頑張りますよ」
ヤミールは二人に暫く会えなくなる事は残念に思いながらも、自身の関わった騎馬隊の部隊以外の他の人間には何の思い入れも無いので、ドニア地域に小隊規模での赴任となっても特に感傷にふける事も無かった。
実際に赴任した当初こそ、ドニア地域全域に蔓延する負のオーラに戸惑いを覚えていたヤミールも、1か月もすればこういう土地なのかと割り切って理解し、適応していた。
時々起こる住民同士のいざこざに対処して落ち着き始めた赴任してから一年後に、ヤミールはまたもや歴史的事件に巻き込まれる。今度はドニア地域自体のナランシェ連邦への加盟運動だった。
その情報が何故か、中央の軍本部から地域方面軍本部に入った当初こそ、何処からそんな情報がこちらではなく、中央に漏れたのか疑いながらも、現地調査にて情報の確度が高いと判明してからは管理官としての役割を果たさねばと集中して対処の準備にあたった。
そして、ある晴れた秋空の中、後のヤミールの運命を決める出来事が始まった。
一番最初の動きはドニア地域の住民によるナランシェ連邦への加盟に向けてのデモ活動だったが地域警察による解散の促しをきっかけに、後に千人を超える暴動化に発展。これにはナランシェ連邦からの極秘の支援があったと言われていたが定かではない。
当然こうなっては治安維持の為に地域方面軍が出ざるを得ない形になってしまう。こうなる事を何とはなしに悟っていたヤミールは治安維持活動の為に集結する部下達を前に、軍本部を越えて通達を出してきたある人物の書面を見せながら、演説する。
「これは我らが国務会議のトップ、ルーガード議長から発出された書面だ。この書面の内容を諸君にも分かるようにシンプルに言おう。ドニア地域の住民達の虐殺だ」
静まり返る部下達を前に言葉を続ける。
「勿論、私が言っている事が本当かと疑う者もいるだろう。この紙を見ても納得出来ない者もいるだろう。だから私はこう諸君らに言おう」
部下達はゴクリと喉を鳴らす。
「君達は私の命令で、ドニア地域の住民をナランシェ連邦の領土まで送らされたとね」
兵士らは驚きのあまり、黙ってお互いを見る。聞き間違いじゃないかと、もう一度だけでもヤミールの言葉を聞こうとしている者もいる。彼はニヤリと笑い、もう一度言う。
「聞こえなかった者もいるようだな。君達は私の命令で、このドニア地域の住民をナランシェ連邦の領土まで送るのだ。分かったか!!」
「ハッ!!」
集まった兵士は笑顔で一斉に返事をする。ヤミールは部隊ごとに適宜指示を出し、無事に加盟を希望するドニア地域の住民達がナランシェ連邦の国境まで行けるように算段を組み、自身はナランシェ連邦の国境の検問所にいる警備隊の所まで早馬を飛ばす。
こうしてドニア地域の住民でナランシェ連邦に移動した人間は、あくまでも移民扱いでランドール共和国からナランシェ連邦に行く事が出来た。
その際にナランシェ連邦との国境の検問所では、ヤミール管理官の証明書が全住民分用意されていたという。そしてその後、大体の移民が終わり周りが気がつく頃になると、ヤミールは自身の龍槍を地域方面軍本部に置いたまま、その姿を消したのだった。
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