第二十一話 龍槍のヤミール 3
ランドール共和国と聖カムルジア公国の、短いながらも聖カムルジア公国に一方的に被害があった初戦を経て暫くの後、ヤミールは騎馬隊千人隊長の肩書のみならず、「龍槍」の二つ名も正式に軍部に認められた。
当然この裏には元老院による横槍も入りそうであったが、アデル将軍と今回の戦争でヤミール同様に昇進して副将軍になったエンリケにより、彼の他の追随を許さない功績が明らかにされた事で、もはや彼を昇進させないと他の多くの人間達も昇進出来ないという形になってしまう為に、反対派も渋々認めざるを得ない状況になった。
実年齢が16歳での千人隊長昇進は将軍であるアデルを除けば、並び立つ者が居ないほど速い昇進と言えた。彼のこの貧しい移民の立場からの爽快な立身出世は、現場の兵士や一般民衆には非常に歓迎され、物語として酒場で吟遊詩人に「龍槍のヤミール」が広く歌われるようになった。
そうしてまだ両国による国境線での小競り合いが続くも大規模な戦闘が起きずに停滞していた頃、ローテーションで休暇を与えられた部隊を率いて、首都トールタイプに戻ってきたヤミールは軍本部にやってきていた。
千人隊長になったヤミール自身に与えられた執務室にて、慣れない一通りの事務や雑務を済ますと、アデル将軍の執務室に行き、ドアの前にいる警護に声をかける。
「アデル将軍は在室されているか?」
「はっ!エンリケ副将軍も居られます!」
「そうか」
ヤミールは嬉しさを隠しきれず笑顔になりながら、部屋をノックする。
「誰だ!!」
「千人隊長ヤミールです」
「入れ!!」
「ハッ!!」
相変わらずのアデルのドラ声にヤミールは執務室のドアを開け、敬礼をする。室内にはニヤニヤ笑うアデル将軍が自身の執務用のデスクの革張りの椅子に深々と座っており、その横で軽く笑みを浮かべたエンリケが立っていた。立場は変わっても、以前と変わらない雰囲気のままの二人にヤミールの笑顔が深くなる。
「おぉ、これはこれは初戦の英雄、「龍槍」の二つ名持ちのヤミール千人隊長様のお出ましだ。エンリケ、お前が呼んだのか?」
「まさか。大体の軍の編成日程は知ってましたけど、僕も彼が今軍本部に帰ってきたのをこの目で見て、知っただけですよ。お帰り、ヤミール」
「ヤミール千人隊長、ただいま軍本部に戻りました」
「んで、どうした、ヤミール。締まらない顔をして。何か嬉しい事でもあったのか?」
「いえ、お二人とも変わらずにとても健勝そうで嬉しく思った限りです。因みにどうしてエンリケ副将軍までがここにいらっしゃってるんですか?」
「あぁ、こっちは次の大規模な国境防衛作戦に向けての会議の打ち合わせだよ。向こうさんの兵力考えたら起きそうにも無いけどね。肩書が偉くなるとこういう無駄な会議や事務仕事ばかりで嫌になるね〜」
「なぁ、エンリケ。俺もヤミールみたいに騎馬隊千人隊長として戦場を荒らし回ってた方が気にいってるんだけどなぁ」
「もう、そんな数を聖カムルジア公国は用意出来ませんよ。後はダラダラと政治的な折り合いがつくまでガス抜きで続けるだけです」
二人はため息をつきながら、そんな会話を交わして執務室にあるソファーに移り、二人が座ったのを確認してから座るように促されたヤミールも座る。向かい側に座るアデルが葉巻をくわえたのを確認して、ヤミールはスキルで火をつける。
ニヤリと笑い、アデルはヤミールに声をかける。
「ヤミール、小姓の時の癖が抜けねえな」
「反射ですから。どうにもこうにも今更変わりませんよ」
「アデル様はそろそろ吸うのを制限したほうが良いって、軍医にも言われてるんですよ。ヤミールも気をつけて下さいね」
「うるせえなぁ、エンリケ。お前は俺の母親かよ。ただでさえ戦場の前線には立つなって言われて戦えねえっていうのに、酒も煙草も減らしたら俺は何を楽しみに生きていけば良いんだよ?」
つい昔からの掛け合いをしながら、笑顔が止まらなくなるヤミールであった。彼らの前では自分らしくいられる為、ここ最近纏う機会が増えてしまった千人隊長としての殻を脱いでリラックス出来ていた。そんなヤミールの様子を見て、アデルは葉巻の煙を燻らせながら、声をかける。
「どうだった前線は?楽しかったか?」
「楽しいかどうかは分かりませんけど、生きてる実感はありましたね」
「はっ、聞いたかエンリケ?こいつは根っからの戦闘狂だぞ。こんなんに最前線任せた馬鹿は浮かばれねえな」
「私の事ですか?それとも元老院ですか?」
「おいおい、物騒な事言うなよ。お前は今回の作戦で手柄を立てて副将軍になったんだからな。上には感謝しかねえだろ?」
「それのお陰で次回の遠征から外されたってなったら、そりゃあ裏があるとしか考えられないじゃないですか」
苦笑しながらも本質をついて答えづらい事ばかり言ってしまうエンリケと茶化しながらも皮肉るアデルはここが軍本部でなければ、まさに名コンビと言える。
「ヤミール、聖カムルジア公国の前線の感じはお前さんの目から見たらどうだ?まだまだやりそうか?」
「う~ん、こっちに戻ってきて言うのもなんですが、あちらさんはもうやる気は感じないですよ。最初に当たってからこの半年で、何せ編成数そのものがどんどん減って弱体化してますし」
「そうしたら、軍本部の参謀会議と同じ見解ですね。ダラダラやるしかないかぁ」
「エンリケ様…そんな事俺に言っても大丈夫なんですが?」
「へーき、へーき。お前は現場の前線ではほとんどトップなんだから。聞いとかねえと動きにくいだろ?」
「そうですけど……」
「それにな、お前が帰ってきてんのは、向こうの出方を見る意味でもあんだよ。これであちらさんが数をかけて出てこなかったら、俺らの出番は完全に終わりで、いよいよピエロの出番だな」
「ピエロ?」
「駄目ですよ、アデル様。何処で聞かれてるか分からないんですから」
ヤミールはニヤつくアデルとため息をつくエンリケに目を交互に向ける。
「まぁ、良いじゃねえか。こいつも出世して帰ってきたんだ、何処かで必ずルーガードには会うからな。覚えておけよ、あいつは聖カムルジア公国のどの連中よりもよっぽど怖い道化だぞ」
ヤミールはアデル将軍のニヤつきながらも忠告してくれたその眼光の鋭さに、彼の言葉を当分の間忘れられそうに無かった。
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