第四話 相談窓口の人は睨まれる
この時間帯は偶々とは言え、エナミの冒険者相談窓口には誰もおらず、攻略課のデスクも先ほどの課長とエナミのやり取りの直後で、誰の声も聞こえない状況であった為、明らかにミゲルのレラへの賛辞を小馬鹿にしたエナミの一言はダンジョン攻略課のフロアに響いた。
今までは隣の相談窓口にいるエナミには全く注意を向けていなかったミゲルも、流石にこの一言は聞こえた。この冒険者相談窓口に来て初めてレラの隣の窓口に座る、ボサボサ頭の野暮ったく制服を着崩した痩せ型の猫背の男を確認したようで、エナミに向けて目を細めて力強く睨みつける。
エナミとしては先程ダナン課長に警告されたばかりで、またついつい本音を呟いてしまい、しかもその声がまあまあダンジョン攻略課のフロアに響いてしまった事を言ってから自覚していた。
その為、さっきのつぶやきがダナン課長に聞こえて、地の底から聞こえるような声で呼ばれて、また阿修羅像を見ながら直立不動でお咎めを受けやしないかと記憶が曖昧ながらも戦々恐々に思っていた。
その為、ダナン課長の座っているであろうダンジョン攻略課の一番後ろの席を振り返る事無く、汗が額や背中に伝うのも構わずに首を竦め、なるべく小さく身を潜めるようにしていた。
どうエナミが小さくなろうとしても後ろのダナンの席からは冒険者相談窓口の全体像が見える為、その痩せ型の男が小さく怯える姿はまるで無駄な努力であるのだが。
その小さくまるくなったエナミの姿にミゲルは隣の窓口の小物が自分がひと睨みしただけでこちらも見ずに怯えていると勘違いし、逆に自分の力をレラに誇示できた事に気を良くした。
そしてそんな小物を睨み続けるのはレラにかっこ悪く見えると思い、すぐに彼女の方に笑顔で向き直り、隣の窓口の発言など無かったかのように言葉を続ける。
「レラさん、何か聞こえましたか?」
「いえ、雑音か何かですか?結構奥のデスクの事務作業でこちらの方にも聞こえるほど、うるさくしてしまってるので、申し訳ありません」
「そんなそんな、僕の聞き間違いでしょう」「そう言っていただけるなら、私は構いませんが」
レラとしても隣の相談窓口であるエナミが自身の担当冒険者と揉める事は、自分の冒険者管理の不行き届きにも成りかねず、ダナン課長からとばっちりが飛んできかねないと考え、さっさとビジネスモードでミゲルにスマイルを振りまきながら、話に乗る。
「ゴブリンマジシャンの攻略についてですけど、僕の戦い方で良い攻略法ってありますかね?」
「そうですね、七階のゴブリンマジシャンはまだレベル1の炎属性の魔法しか使ってきません。ミゲルさんの装備を考えると耐性のあるマントや胸当てなどを用意するだけで十分な守りになり、魔法によるダメージを防げますよ」
「流石レラさん、僕の大剣での戦い方を熟知していますね。すぐにそんなアドバイスが出てくるなんて。やっぱり僕の担当はあなたしかいない」
「いえいえ、アドバイスが仕事ですから。このくらいの事ならメリダダンジョン対応の窓口担当者なら、誰からでも教えてもらえますよ?」
ミゲルは目を輝かせながら、再度レラを褒め称える。レラは苦笑を隠すように顎を引き手を口元に当て、影を作り誤魔化す。
レラからすれば、ミゲルはこのダンジョン攻略課の冒険者相談窓口に初めて来た時から革の胸当て一つしか防具を装備しておらず、今は窓口の席の横に雑に置いてある大剣一つを振り回して戦うスタイル以外は考えられなかった。
その為、ダンジョン攻略課にあるマニュアルの中の「大剣を何も考えずにぶんぶん振り回して戦う、ただの脳筋への適切なアドバイス集」の一部を、階層とそこに出てくるモンスターの事を覚えて、条件から反射で答えただけである。
ちなみにこのマニュアルを以前の自身の大剣使いの担当冒険者がいた際に仕事として纏めて、それを保管してあった事を思い出して彼女に渡し、「あのアホそうな大剣使いが来たら、何も考えずにこの中からそれっぽい事を言う練習をしとけよ」とアドバイスしたのは、いまだに隣で首をすくめている猫背の先輩の男であった。
あの余計な一言を言う癖さえなければ、よく目を配って、仕事はできるし尊敬すべき先輩なのになぁ、とレラは思いながらも、表面上はミゲルの賛辞を聞き流しながら30分ほど付き合い、お昼休憩五分前を告げるチャイムがなったため、丁寧な挨拶をしてお帰りいただく。
ミゲルが名残惜しそうに何度か振り返るのをビジネススマイルで手を振りながら追いやり、彼がダンジョン攻略課の入り口を出るやいなや、相談窓口の机の下にあるボタンを押し、入り口のドアの前をシャッターがガラガラと音をたてながら閉まっていくのを、自分の中のビジネスモードがそのビジネススマイルとともに切り替わるようにと思いながら眺める。
レラが席でほっと一息つくと、隣のエナミはダナン課長から呼ばれる事が無かったことから(ダナンは会議でいなくなっていた)、ようやく縮こまっていた背筋を伸ばすように両腕を天に突き上げて、背中を一つ反らしてから、レラの方を向き、声をかけてくる。
「脳筋の相手お疲れ様。さっきはフォローありがとうな。いつもの地下食堂で飯食べないか?今日は俺のおごりでいいぞ」
「ありがとうございますぅ。何でもいいんですよねぇ?一番高いのを頼みますねぇ」
「えっと」
「先輩のそういう所は好きですよぉ。今日はドラゴンステーキあるかなぁ」
「…わかったよ」
「ありがとうございますぅ。そうと決まればぁ、先輩ぃ、早く早くぅ」
レラが笑顔で食堂にスキップで向かうのを、エナミは苦笑しながら付いていくしかなかった。
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