第十一話 龍槍のヤミール 1
ヤミールが聖カムルジア公国との戦争に参加したのは、この戦争初期の聖カムルジア公国の国境調査にランドール共和国国軍の定期巡回で出会ってしまった事からだ。
この時の相手方は緩い国境際の緩衝地域にあくまでも簡単な事前調査目的で来ていたようで、侵攻には不十分な戦力であるニ個分隊でやってきていた。
しかもこちらは国境沿いの定期巡回とは言え、ランドール共和国国軍騎馬隊として一個小隊で国境沿いを走らせていた為、見つければ衝突は避けられなかった。
この時既に16才ながらも小隊長になっていたヤミールは、兵学校に在席していた頃より3年以上も走ってきた巡回コースで小隊を運用させながら、違和感を強く覚えていた。
「……うーん、全体止まれ!!」
「ヤミール隊長、どうしました?」
「副長、ちょっと馬を走らせていて嫌な感じがしたんだが、何だか分かるか?」
副長はまるで違和感を感じなかった。周囲を見渡し、いつもと変わらない荒野が広大な地平線となり、境を示す杭が何本か見える以外は広がっているように見えていた。首を傾げてヤミールに尋ねる。
「ここは国境地域でも荒野が広がる場所で、何処をどう見ても、我が隊以外は何も見えませんが?」
「そうだな、ここは荒野が広がっている。実際に死角も少ないだろう。だからこうやってこの辺りには何も無いと錯覚させるにはもってこいだな!!」
「隊長、何を」
「うっ!!」
ヤミールは自分が手に持っていた槍を国境線の杭をちょうど越えたあたりに向けて投げる。当然何も無ければ地に刺さる筈の槍がうめき声と共に不自然な高さで空間に刺さって動かなくなる。
周囲が呆然とする中、ヤミールは流れるような動作で素早く部下から予備の槍を受け取り、馬でその場へと駆け出す。慌てて副長以下が追いかけてくる。ちょうどその時になって、初めて向こうの何も無かった筈の空間が揺らぎ、銀と白のマントを武装した十名程度の集団が逃げだそうとしていた。
「やっぱりな!!どうもおかしいと思ったんだ。おい、アイツラはなるべく殺すな、ひっ捕らえろ!!」
「はっ!!」
高々歩兵十人程度では、ランドール共和国が誇る騎馬隊の五十人の前にはまるで無力であり、抵抗らしい抵抗も出来ずにすぐに拘束された。
そもそも何もせずに逃げようとしている時点で、スキルか装備で隠れる以外の策が無いのが分かっていた為、ヤミールとしては比較的安心して追っていたのだ。
瞬く間に拘束され、馬に繋がれた聖カムルジア公国の衣装をした十名ほどの歩兵達を見ながら、副長がヤミールに尋ねる。
「ヤミール隊長は何故奴らがあそこに隠れていると分かったんですか?」
「ん、臭いだな。アイツラの抹香臭さが俺には鼻についたのさ」
「……臭いですか」
「そうさ、それに俺の一発目の槍の投擲で敵さんに刺さったのは運が良かったが、大体連中があの辺に隠れているのは臭いで分かっていたからな。もし外しても後何発かお前らにやらせたら、発見は確実だったしな」
「さすがヤミール隊長です!!」
「…まぁ、これからが大変そうだがな」
拘束した聖カムルジア公国らしき兵を連れて、ランドール共和国国軍の国境駐屯地まで戻っていったヤミール達に待っていたのは、
即刻の国軍本部までの帰還命令であった。
首都トールタイプにあるランドール共和国国軍本部まで2日の強行軍で戻ってくると、落ち着いて乗ってきた馬の世話をする間もなく、ヤミールはすぐにエンリケに呼ばれた。エンリケの執務室の前にいる護衛の前で扉をノックして、入室の確認をする。
「誰だ」
「ヤミールです!!」
「入れ」
短いやり取りの間でも相手の信頼を感じさせる声の柔らかさを互いに感じて、安心感とともに入室する。エンリケはヤミールが入ってくるのを立ち上がって出迎え、軽くハグする。
「今回の件はお手柄だったな。アデル将軍もお喜びだぞ」
「そんなぁ、偶々です。アイツラ独特の抹香臭さを感じたんです」
「50mは離れてたんだろ?報告書には突然お前が槍を投げて周りがあ然としたってあったしな。後で食堂に行ってみろよ、もう噂になってるぞ」
「はは、しょうがないですね」
頭を掻きながら照れるヤミールを見て笑いながら執務室の席についたエンリケは仕切り直すように咳払いをする。
「お前が捕まえたあの連中は、やっぱり聖カムルジア公国の斥候だったよ。こっちに来る前にもう能力持ちに身元は確認させたから、これから詳細を吐いてもらうがな」
「…やっぱり向こうさんの侵攻があるんですか?」
「そうだな、わざわざ俺らが定期巡回しているのを分かっていながら、隠れてこんな真似したんだ。当然そのつもりだろう。バレても構わないって姿勢だろうから、捕まった連中は使い捨てで浮かばれないがな」
「アデル将軍はどうされるんですかね?」
「……正直な所、国軍の意向は元老院の管轄だからな。ルーガード議長含めて、彼らがどう考えてるかはまるで分からん」
「……素人の意見で右往左往なんて現場としては勘弁してほしいですよ」
「おいおい、この国軍の中心部でそんなランドール共和国の批判とも取られかねない事言うなよ。何処で誰が聞いてるか分からんからな。それにアデル将軍はああ見えて狸だからな。上手いことやるさ」
「将軍が狸?どう見ても熊でしょ?」
「ハハッ、お前しか将軍にはそんな事言えんよ。後な、ヤミール。今回の件でお前の昇進が決まった。喜べ、最年少の百人長だ」
「えっ?もうですか?いくらなんでも若すぎじゃないですか?」
「そうだな。だが、これでお前も今回の侵攻で矢面に立つ建前が出来たってもんだ」
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