第十話 狂犬のヤミール
ランドール共和国は中央大陸の西部に広大に広がる領地を持った大国である。その大地は肥沃な地帯もあるが、一部砂漠化している地域がある。今から十五年前、その少年は砂漠の大地でただただ飢えを凌ぐために毎日を生きていた。
彼の名はヤミール。後にランドール共和国の国軍、騎馬隊千人隊長になり、龍槍と呼ばれるはるか以前の少年時代である。当時の彼は十才にも満たない、いつの時代も何処にでもいる孤児だった。
聖カムルジア公国から貧困の為に両親に付いてランドール共和国に流れてきて、いつの間にか自分を置いて二人共消えていた為に、親の顔もちゃんと覚えていない彼は、徒党を組むことも無く、独りで日々を何とか凌いでいた。
当然、彼は学もなく盗みなども当たり前にしていたが、あくまでも自分自身が生き抜いていく為だ。彼が狙う対象も明らかな権力者か金持ちだけを相手にしていた。
それが故に当然ランドール共和国の治安維持部隊に目をつけられていたが、彼はそんなものお構いなしに、地域の権力者相手に盗みを図ろうとして、被害を出しながらも最後は呆気なく拘束された。
「殺せ!!俺を捕まえる位なら、殺せ!!」
「まるで狂犬だな。おい、エンリケ、こいつに俺の隊の部下は何人やられたんだ?」
「死者はおりませんが、重、軽症含めて二桁はいかれたかと」
「はん、こいつは拾いもんだなぁ。坊主、名前は何と言う?」
「知らない!!名など無い!!」
「それじゃ困るな……うん。良し、決めた!この辺の地域では狂犬の事をヤミールって呼ぶんだ。これからお前の名はヤミールだ。これからは小姓として俺に付け。よろしくな」
「何がよろしくだ!!殺せ!!」
「おいおいヤミール、言うからにはまずは力を示せよ。弱い奴は軍では何の発言権も無いぜ」
偶々とはいえこの時の治安維持部隊がランドール共和国国軍の騎馬隊で、しかも名前をつけた責任者が上司となる後の国軍将軍である、当時は騎馬隊千人隊長のアデル・トリスタンであった。
ヤミールは拘束され、連行されたその後はアデルの配慮もあり、共和国国軍付きの小姓として彼に1年と暫くの間、付き従うことになった。
勿論、この際もヤミールは脱走を何度も何度も図っていた。しかしその度にアデルか騎馬隊の副長であるエンリケに捕まっては決闘を挑み、遊ばれていた。そして何度目かの挑戦の後、アデルにその日もコテンパンに伸されてから、上から声をかけられる。
「ヤミール、お前も飽きねえなぁ。その年でこんだけ俺らとやれる頑張りと才能は認めるけどなぁ。んで、どうすんだ?ここから逃げて、あてがあるのか?」
「うるさいなぁ!!俺は負けたんだ!!早く殺せ!!」
「いやぁ、相変わらず死にたがりだなぁ。負けたら相手の言う事を聞くのが決闘の筋だろう。お前は生きなきゃ駄目だ。そして来年からウチの兵学校行きだ」
「くそ!!何でお前はいつも俺の事を好き勝手に決めて、嫌がらせするんだよ!!」
「そりゃあ、お前さんの解釈違いさ。俺としてはヤミールの事を真っ直ぐこのランドール共和国って国の未来を見つめる大事な次世代だと思ってるからな。まぁこれから同世代と楽しくやるのもお前の役割さ」
アデルは軽々しく、ヤミールを担ぎ上げ兵舎へと運んでいく。その後、ヤミールは十二歳にしてランドール共和国の国営兵学校に入学させられる。
ヤミールは勘違いしていたが、この位の年代は各人みんなコンプレックスの塊のようなものだ。彼は自分以外も自分だけが駄目で周りは優れてると考えているのが分かると、本来のヤミールの気質なのかリーダーシップを取るようになっていた。
アデルにしろ、エンリケにしろ、ヤミールが一緒に過ごしていたこの1年以上は自身の周りに居たのが大人としては怪しくも軍人としては傑物だったせいで、同世代の人間は非常に子供に見えた。
また他の兵学校の同期の子達も、ヤミールがこのランドール共和国の騎馬隊千人隊長アデル・トリスタンの小姓をしているのはよく知っていたので、最初から彼の事を見上げて見ていた為か、彼が同期の中でリーダーシップを取ることに違和感が無かった。
勿論こうなる事が分かっていたアデルとエンリケはどんどん落ち着き、身体も態度も大きくなっていくヤミールの成長をニヤニヤしながら、事あるごとに冷やかしていた。当然度が過ぎると、彼らは決闘を挑まれコテンパンにしていたのだが。
そして賑やかではあるものの戦争など大事の無い3年の月日がランドール共和国の兵学校で経ち、ヤミールは兵学校を首席で卒業すると共に、アデルの小姓から正式な騎馬隊の隊員として採用された。
この時の人事でちょうどアデルはランドール国の将軍となり、エンリケが騎馬隊千人隊長として、ヤミールの直接の上司となっていた。
「エンリケ千人隊長、これからは1隊員として邁進していきますので、ご指導よろしくお願いします」
「ヤミールどうした、俺に敬語なんて使ってお前らしくない。昔みたいにキャンキャン吠えないのか?」
「千人隊長、勘弁して下さい。本当にお願いします。昔の俺と一緒にしないで下さいよ。もうアデル将軍の小姓じゃなくて正式な隊員なんですから、ちゃんと分別をつけないと周りに示しがつかないじゃないですか?」
「へぇ〜、お前から分別やら示しやらって言葉が出てくるとは思ってもなかったよ。アデル将軍にも報告しなくちゃな」
「止めて下さいよ。また絡みにわざわざ来るんですから。周りの事も考えていただかないと」
わざとらしくからかってくるエンリケにも上手く対応するようになったヤミールには、かつて名前の元になった狂犬のような気性はとても見られなかった。
しかし彼はこの後すぐに、その名の由来通りの力を見せる事になる。そう、聖カムルジア公国のランドール共和国への侵攻が始まりを迎えるのだ。
もう少しでエナミが出てくる予定です。
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