第一話 笑う議長 1
お待たせしました。第二章の始まりです。しばらくは重たい話が続きますが、いつかエナミのダラけた日常に戻ります。では、どうぞお楽しみ下さい。
約500年ほど前に惑星カリステにある中央大陸の西の海にほど近いエリアに、ジャック・ランドールという漁師をしていた男が周辺の漁師達のまとめ役として漁村を作った。
そこからその村は海賊や周辺の盗賊団などを討伐しながら徐々に大きくなり、100年も経った頃には、現在は200万人以上の国民がいる、いわゆる西の大国と言われるランドール共和国の基礎が出来上がったと後の歴史家に言われている。
このジャックから始まる、ランドール共和国の建国から100年はカリスマ性のあるランドール家の独裁国家という側面が強く、共和国とは名ばかりの、いわゆる議会などお飾りでしかなく、ランドール家が武闘派の後継者の時は完全に独裁政治でしか無かった。
しかし、いつの時代もランドール家の当主は大統領として、議会と官僚には厳しくも、民には優しく、親しみやすく、国民からも愛されていた。それ故にランドール共和国が大きくなればなるほど、ランドール家の存在が邪魔に感じる人間が増えた。
そして今から二十年前、太陽が惑星の近くに来れば来る程、暑すぎて人々は生きてはいけないのは自明の理とばかりに、国務会議の議員達と大統領府に勤める官僚達はランドール家をいや、グラハム・ランドールを追い出しにかかったのだ。
建国から早500年を過ぎた西の大国ランドール共和国の大統領府には、大統領の執務室のみならず、全ての国政を司る国務会議の議事堂がある。これは大統領がランドール共和国の全てを支配していると分かりやすく内外に示す目的も大いにあった。
現在のこの議事堂の中央奥の古めかしくも綺麗な椅子に座る議長ブリストン・ルーガードは、何事も決められず、まったく議事の進行をみない国務会議の様子を見ながら、今日も歪に笑っていた。
かつて自身の政敵による手配で賊に襲撃に遭い、顔を斜めに切られた影響で彼のその笑顔は作り笑顔と言うにはあまりにも歪で、しかし何処か憎めない笑い顔から「道化のルーガード」と影で言われていた。
この道化のルーガードの手配により、グラハム・ランドールがアルミナダンジョン国への亡命が起こり、この国を去ってから早20年。その20年はまさにランドール共和国にとって逆風の連続だった。
まずこの事変が起きてから最初に発生した出来事は、自らアルミナダンジョン国へ去っていったグラハム達ランドールファミリーに関して、亡命そのものが議会の謀略ではなかったのかという噂が市井にまことしやかに広がっていき、一年も経たないうちに一部の市民が首都トールタイプから100キロ程離れたマクワリという地方都市で蜂起し、暴動を起こす事態になった事だ。
この暴動が起きた時点で、ルーガードは既に国務会議の議長として議員と大統領府の官僚を掌握し、軍部に強い発言権を持つ元老院すらも操っていた。
だからこそ彼は歪んだ笑顔のまま、グラハム・ランドールをアルミナダンジョン国へと亡命させるように追い出せ、この暴動もある種の情報操作でマクワリに集まった市民をわざと暴発させたのだ。
故にマクワリでの暴動は歴史上は、非常に静かな形で終わりを迎える。後に「血のマクワリ」として歴史家に語られる、その一方的な軍部による国民の粛清はルーガードが議長として辣腕を奮っている間は表に出てこず、闇に葬られてしまっていた。
その際に亡くなった国民の暴動参加者は10万人とも言われていたが、実数は分からない。何故なら一ヶ月以上かけて、マクワリという街一つが無くなってしまったからだ。それ故に誰にも正確な情報が分からなかった。
「道化のルーガード」は決して笑われる存在ではない。実際に彼の顔を傷つけた賊も、彼の政敵もその後物理的に排除され、公に知らされている。しかし彼が何らかの関与した事は明らかなのに、彼はは何の罪にも問われていない。ルーガードはランドールと違い、恐怖でこの国を支配しようとしたのだった。
しかし、その後に起きた西の海からの津波や北の聖カムルジア公国からの侵攻、南のナランシュ連邦への一部地域の離反等、僅か二十年あまりの間に彼の力を持ってしてもどうにも出来ない物量で問題が起き続けてしまっていた。
そんな状況でもルーガードの笑顔が常に見えるように議長席に座り、コントロールしている筈の議会もこの様に機能不全になれば、当然彼への風当たりが強くなり、排斥の動きが出るのは世の常だ。
二十年前にグラハム・ランドールをアルミナダンジョン国への亡命という形で、この国から追いやった時には、ルーガード自身が四十代で、まだまだ血気盛んな年齢として無理が効いていたが、御年64ともなると少しの事で体力と気力の両方の限界を感じていた。
そう、彼は半ば諦め始めていたのだ。自身の権力への渇望とランドール家というこの国の呪いからの解放を。
ルーガードが将来有望な議員として二十代後半に国務会議の中に入った時、グラハム・ランドールは既に神童として、十代半ばながら、彼の父親の実務のサポートをしていた。
特にグラハムの外交面での交渉の手腕は著しく、北と南の両大国も彼を相手にしては何ら成果をあげる事は出来なかった。
当時これを自身も外交使節団の一員として見ていたルーガードは将来の大統領に希望を持つのではなく、心底その政治能力に恐怖を覚え、嫉妬した。自身の政治的な才覚など、グラハム・ランドールを前にしては何の意味もなく、グラハムが大統領でいる間は自分が例え国務会議の議長になろうとも、ただのお飾りになってしまうと。そして自分が彼よりも一回り歳が上であるという事実がその絶望感を増させた。
その恐怖と嫉妬故にルーガードはグラハムを排斥するべくチャンスを伺いながら、周りを取り込もうと、時には後ろ暗い事もして、自身も物理的に傷つきながらも、国務会議の議長という文官の最高位までたどり着いたのだ。
しかしこの国のトップにたどり着いた先で待っていた数々の困難は彼を蝕み続けた。特に彼が願ったランドール家の呪いからの解放は国民は望んでおらず、どれだけ恐怖で縛ろうとしても、あくまでもルーガードを支配者ではなく、邪魔者として隙あらば追いやろうとしていた。
またその国民の動きに北と南の大国も呼応するかのように蠢動し続け、目に見える形でも見えない形でも侵略され続けたこの二十年を振り返り、ルーガードは決意する。
ランドール共和国はあくまでもランドール家のものであり、この国にはランドール家に帰還してもらう必要があると。
しかし、その帰還の際には圧倒的なカリスマであるグラハムやその長男であるカインは国務会議の権力保持を考えると邪魔でしかない為、長女であるレラに帰還してもらい、ランドール共和国建国史上3人目の女性大統領になって頂き、傀儡国家として自身達の手腕を振るおうと考えていた。またレラを人質にグラハムの協力を仰ごうというのも、彼らしい狡猾かつ嫌らしい手口だった。
そんな自身の思いなど関係なく、当日の議会はただ国家を安寧に推進しようと議員達が理想に燃え白熱したように踊っただけで、実際は何も進まずに終了した。
議長席から皆に先んじて立ち上がったルーガードに秘書が声をかける。
「議長、お客様がお待ちです」
「うむ、今から行く」
どうせ散るなら、最後は華々しくなくてはなと歪んだ笑みを浮かべて、ルーガードは客人が待つ応接室へと向かった。
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