閑話1 相談窓口の人は年上の後輩と受付とご飯に行く
第一章を補完する間章のスタートです
ミズキと夕飯の約束をした翌日の夜、エナミはいつもとは違い、洒落た官庁街のイタリアン「Sta iniziando a piacerle」の前でいつもはヨレヨレのネクタイを珍しくクリーニングにだしたものに替えてきっちりと締め、他のジャケットや靴などもちゃんとした格好で立って、彼女を待っていた。
急なお誘いとは言え、普段から周りから逃げるようになるべく定時であがって場末の居酒屋で呑んでいたエナミからすれば、彼女との一時や上司との会食などの大きな用がある訳も無く、余裕を持って待ち合わせ時間に間に合っていた。
そして早めに着いたエナミが待ちくたびれるような事も、周りに顔をさされる事も、またトラブルにあう事もなく、順当に待ち合わせ時間の5分前には今日の主役が二人で現れた。
「どうもミズキさん、お早いお着きで。それにマリーまでようこそ?」
「こんばんわ。エナミ君にはサプライズとはいかなかったみたいね」
「いえいえ、十分に驚いてますよ。美女が二人で待ち合わせ時間に遅れずに、冴えない男の前に現れているんですから。もしかしたら来ないなんて事もとは思いませんでしたが、ところで二人は何の接点で?」
「相変わらずの軽口ね。マリーとは同じダンジョン攻略部なんだから、研修やら会議で普段から月に2、3度は仕事で会ってるし、何なら誰かさんが上司の方々に連れて行かれるのとは別の懇親会でも一緒になるのよ。3年も同じ部所に居たら年齢が近いんだから、仲良くならない方が難しくない?」
「……確かに僕への間違った見解の皮肉の所以外はよく分かりました。僕とは懇親会みたいな機会の捉え方が全く違うのも実感しましたし」
「まぁ、今日は王立アカデミー同期のお二人から、私の人事異動の送別会って事で宜しくね」
「お邪魔じゃなければ、今日は宜しくね。エナミ君」
「マリー、この間の事を根に持ってない?それに前にした約束もあるし、ここはちゃんと僕が持ちますから」
「よく分かってるじゃない。ならさっさと入りましょう」
「はいはい」
ミズキもマリーも二人共が、明らかにちゃんとドレスアップしていたため、普段よりは小綺麗程度の格好をしていたエナミではレストランの受付で本当に同行者かと怪しまれ、ジロジロと見られたが、何とか同じテーブルに通してもらう事が出来た。エナミは席についてから不機嫌そうに呟く。
「こういう目に遭うから、あんまりこの辺のレストランに来たくないんですよ。人の事を下に見て、何様だと思ってるんだか」
「あら、それはエナミ君の心掛け一つじゃない?少なくとも王立アカデミー生の頃は折々のイベントではちゃんとした格好をしていたじゃない」
「そうなんだ、エナミ君の過去は王立アカデミー卒としか私は知らないけど、こんなとぼけた感じじゃなかったの?」
「そうだったっけ?」
「もう、本当に年々そういう大人の対応が必要な所だけはダメになっていっている自覚が無いんだから」
「あらあら、マリーはエナミ君への不満が溜まってるみたいね」
「ミズキさんも、ちゃんと言ってあげて下さいね。彼は冒険者相談窓口で甘やかされ過ぎてるんです」
「やぶ蛇だったわ」
全く過去の事に身に覚えのないエナミは、マリーに確認してしまう。マリーは魅力的な笑みを浮かべながら、ついついといった形でエナミへの愚痴を言ってしまう。ミズキはそんな二人を微笑ましくからかう。
ミズキもマリーもとても魅力的な美女として、ダンジョン攻略部内だけではなく、ダンジョン管理事務局でも有名で、この二人とこうやって食事をしているのがエナミとバレただけでも、嫉妬の嵐になるであろう事は想像にかたくなかった。
食事も1時間も過ぎて、食べる事よりも会話とお酒がすすみ始めると、笑顔でミズキがテーブルに結界を張る。
「どうしたんですか、ミズキさん突然。僕は今日はただの個人的な送別会だと思ってましたけど、まさかサプライズがまだあるんですか?」
「うーん、サプライズというよりかは君とこういう機会があったから、折角だから確認っていう感じね。ねぇエナミ君、今外交部が動いている件、何処まで知ってるの?」
「外交部?何処まで?何をですか?」
エナミは首をかしげて、全く心当たりがないミズキの会話の主旨を確認する。ミズキは何でも話したくなるような蠱惑的な笑顔で話を続ける。
「それがとぼけたふりなら、何処でもスパイになれるわね。最近のランドール共和国の不穏な動きについてよ。この間も君、わざわざ元ランドール国の軍人あがりとトラブってたでしょ?」
「あぁ、ヤミールの事ですか。俺は居酒屋でたまたま向こうから絡まれて、見込みが有りそうだから、スカウトしただけですよ。それこそアイツの個人情報ならこの間求人課で対応したマリーの方が詳しいでしょ?」
「私は冒険者相談窓口と違って、あくまでも冒険者求人課の受付だから、ヤミール様とはあの時の書類のやり取り以外に関わりは無いわ。書類内容も当たり障りが無い事だけだったもの。ただ…」
「ただ、どうしたの?」
「いえ、私の実家の方でランドール共和国から少しだけ、特定の場所から相手が分かりにくいように偽装された食品の輸入量が増えているとは聞きましたね」
「あら、それは初耳ね。本格的にまずいかしら」
ミズキは蠱惑的な笑顔から、少し困った顔でマリーに確認する。マリーもワインは飲んでいるものの冷静な頭で、ついこの間実家での食事の席で、父親から見合い話のついでに聞かされた話をする。ちなみにいつものように見合いの話は断ったが。
マリーの実家のカルフロール家は「始まりの七家」として有名な商家だ。取り扱いのメインは食料品で、このオアシスに出来たアルミナダンジョン国と周辺での食料管理という重大な役割を長年担ってきていた。
この惑星の中でも地形的に嵐や長期の日照り、地震などの天災が多いこの地域だが、彼らカルフロール家を中心とした商人達の食料管理と物品輸送のおかげで、この国は一度も食料危機を迎える事なくやり過ごせていた。
エナミは前後が繋がった為に、最初のミズキの話の振りに答える。
「ミズキさん、僕はダンジョン攻略課のしがない公務員ですよ。何で他所の部署である外交部の案件のランドール共和国の内戦だか、戦争準備だかに詳しいと思ったんですか?」
「……軽く振ったら、ちゃんと答えが出るのは流石ね。そうしたらこちらからも情報提供だけど、前に同じメリダダンジョンの冒険者相談窓口やってたラミーさんを覚えてる?」
「ラミー?あぁ、レラと入れ替わりみたいに外交部に転属になったおしゃべりラミーさんですか?」
「そう、そのラミーさん。内々だけど、どうも今度の人事で昇進されるみたいで、そこの穴埋めに私が彼の後任として外交部第一外交課課長補佐に選ばれたのよ」
「おめでとうございます。ただ、恒例の人事発表の貼り出しの二ヵ月前に内打診なんて、ダンジョン管理事務局では珍しいですね」
「ありがとう、マリー。そう、異例の事みたいね。それに私が希望届けを出してた第一資材課じゃないのもおかしいから、ちょっと調べたのよ」
「そんな珍しい事なの?」
「エナミ君は拒否し続けられているから実感ないと思うけど、人事異動はもっと本来は上層部に勝手にされる事よ。基本的には一月前より先に知らされるなんてありえないわ」
マリーは嗜めるようにエナミに忠告する。エナミは自分が人事異動させられた事がないのではっきりと分かってなかったが、マリーにはどれだけ異例な事か分かったからだ。
通例では春と秋の人事異動発表の一月前に引き継ぎが多くある役職者は内打診を受け、実務的な引き継ぎを行う。この慣習というかスケジュールに関してはダンジョン管理事務局ほぼ全てに適応され、どれだけ上層部になろうと一月前より先に知らされるなんて事はあり得なかった。
ましてやエリートのステップアップの為のダンジョン攻略課で人事異動届けを出していたら、懲戒以外はまず間違いなく希望が通る筈の人事で、順当な昇進であるはずのミズキに対して、この本来とは違う異動部署もおかしかった。
「ラミーさんからも内々の引き継ぎの時に言われたけど、ランドール共和国はやっぱり小規模での戦闘準備しているみたいなのよね」
「はぁ、それで?」
「どうやらその相手がウチみたいなのよ」
「はるか昔に痛い目に遭ってるでしょうに。どういう大義名分で、また?」
「分かってるでしょ?あなたのかわいいかわいい後輩、レラの事よ」
エナミは先程の段階であえて口にしなかった事が事実であった為、ため息をついた。
「かわいい後輩である事は認めますけど、他国の御家騒動なんて、こっちからしたらただの迷惑でしょう?どうして第一外交課ははっきりと強気に出なかったんですか?」
「いえ、強気に出たけど向こうのリアクションがどうもそういう風に言ってられないみたいなのよ。ランドール共和国の国家体制が彼らの亡命後どうにも落ち着かないから、どうしても分かりやすい御旗が必要なんじゃないかって見解ですって。向こうも相当必死なのよ」
「亡命から二十年も経って、今更ランドールの名前をトップに据えた所で何の意味も無いのに…」
マリーの悲しげな一言が全てを物語る。外交部は主に3つに分かれるが、その中でも第一外交課は近隣国との協調を計る部所で、東西南北にある計6つの国との折衝で人員を配置している。
その中でもラミーや今度後任で配属されるミズキは経験上、ゴールドランク冒険者と同等の武力を有している為、比較的危険度の高い国相手に交渉の場に立つ機会が多くなる立場である。
つまり現在のランドール共和国とアルミナダンジョン国の関係性は限りなく戦時下に近い停戦状態という黒に近い、グレーという事だ。
これで向こうの国の軍隊が一個小隊でも、こちらの領土に一歩でも入ってきようものなら、すぐにでも戦争が起き、国を殲滅しかねない国際関係の距離感だった。
エナミは途方にくれた感じで言葉を紡ぐ。
「それで二十年もほったらかしにしていた我らがレラ姫を、ランドール共和国はどう取り戻すお積もりで?」
「ちょっと、皮肉が多すぎるわよ。……恐らくだけど、五大ダンジョンのうちどれかをダンジョンブレイクしている隙に奪還する事を考えてるんだと外交部の方は分析してるわ」
「ダンジョンブレイクなんて、そんな事」
「そう、普通なら絵空事よ、マリー。でも彼らがそれを達成する為の、何らかの希望を得たら?」
ダンジョンブレイクは一般にダンジョン内の瘴気の飽和から、多種多様なモンスターがダンジョン外に溢れ出す事を指す。このアルミナダンジョン国でも過去何度かあったが、その度にオリハルコンランクの冒険者が出張ってくる必要があるほど、危険度が高い災害と言える。
その為、瘴気のコントロールの意味も兼ねて、冒険者によるダンジョン内の継続的なモンスター討伐は必要な行為と言えた。
「何らかの希望ね……。サーヤの親父さんとか絡んでたら面倒だなぁ〜」
「…まだそこまでははっきりとはしないわ。ただどうにもあなたを中心にした流れになりそうだから状況確認したかったのよ。だからお願いね、エナミ君」
「何ですか?」
「あの子を守って」
「分かってますって、ミズキさん」
エナミはグラスを一気に空け、一言呟く。
「俺のかわいいかわいい後輩に手を出すやつは、誰であろうと片っ端から潰してやりますから」
あれ、この話…閑話なのか?
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