第三十二話 相談窓口の人は立ち合う 1
マリーが冒険者求人課の受付に帰ってくると、先程受付を出る前とは違い、案の定エナミはソファーでくつろぎ、ヤミールはその横で大きな体を極力小さくして座っていた。
彼女は呆れたような顔して「ウチの課長から許可が出ましたので、どうぞあちらに」と木製の扉の先を示す。エナミは直ぐに立ち上がりマリーの横をすれ違う時に声をかける。
「やっぱりね。ありがとう、マリー。助かったよ。お礼に今度何か奢るよ」
「結構です。ストーリーさんは忘れていらっしゃるみたいですけど、まだ2年半前のお食事の約束も守っていただいてませんから。毎日、後輩の子を連れて地下の食堂でお昼を食べてらっしゃるみたいですけど」
「おっと藪蛇だったか。ヤミール、こっちで待ってるぞ〜」
マリーの眩しい作り笑顔に、エナミは頭を抱えるふりをして、お道化た様に奥の木製の扉を開け消えていく。戸惑っているヤミールに彼女は眩しい作り笑顔を止め、普段通りの涼しげな顔で声をかける。
「ヤミール様、おそらくエナミ君から案内は無かったと思うので、こちらから説明させていただきます。先ほど身体測定や能力確認で使用していただいた金属製の扉の部屋の、隣の木製の扉を開けていただくと、すぐに修練場になります。そちらにはダンジョンで使用される基本的な各種武器や防具などが用意してあります。どれでも好きに手に取っていただき、自分に合った武器を選んで、試せるようになっております」
「助かったよ。アイツはここに連れてくる時から、何をするかも一つも教えてくれなかったからな。それにしても冒険者候補の試験を受けられるってだけで、そんな何でも試していいだなんて、至れり尽くせりだな」
「それは勿論、冒険者の皆様は我がアルミナダンジョン国で一番大事な人材ですから。その卵である冒険者候補になりうる存在というだけでも、大きな投資をして当然だと考えております」
マリーからすれば自身のカルフロール家の事もあり、どれだけ冒険者なる存在がこのアルミナダンジョン国を支えているのかを、他のダンジョン管理局の職員や国民よりも分かっているつもりだった。
だからこそ、その冒険者の有力候補であるヤミールには当然の礼を尽くすべきと考え、冒険者求人課の受付としていつも以上に丁寧に説明していた。
「で、俺はここで何をさせられるんだ?」
「おそらくは…」
「おい、何やってんだ、早くしろよ!!俺もそんなには時間を取れないぞ。あんまり残業してると、ウチの課長も煩いんだよ」
「分かったよ、ちょっと待てって」
「マリーもヤミールに余計な事吹き込むなよ。俺はこいつのポテンシャルってやつを見たいんだから」
「はいはい、分かってますって。……ヤミール様、どうかご武運を」
「おう、アイツが俺のポテンシャルって言ってんのが何だかいまいち分からないが、やれるだけ頑張ってみるよ」
エナミは奥にある木製の扉の向こう側から顔を出しヤミールに声をかけてくる。マリーはこれ以上は彼へのアドバイスは無理だと考え、しょうがないと諦めた顔で送り出す。
ヤミールはそんな彼女が諦めの顔をした理由がいまいち分からないまま、反射的に片手をあげて挨拶をすると少し慌てた様に小走りで、木製の扉の向こうに飛び込む。
木製の扉の奥は何処ぞのスタジアムを思わせるほどの四方100メートル以上の広さを持ったドーム状の施設だった。コンクリート造りの壁に、足場は柔らかい砂地。4箇所ある入り口の側の壁沿いには各種武器が、整然と立てかけられて並べられていた。入ったばかりの入り口の側で呆然とドームを眺めているヤミールにエナミは声をかけた。
「どうだ、ここが国営冒険者アカデミーの入学試験会場になる修練場だ」
「ここが……」
「そうだ。誰でも、どんな能力でも、どんな武器でも、どんなスキルでも評価できるように至る所に冒険者求人課とダンジョン開発研究所が設置したカメラがあるから、お前がこれからどんな事をやってもデータを取られて見られてるぞ」
「…俺が今ここに入っても大丈夫なのか?」
「そりゃ、こうやって許可を取って入れたんだから大丈夫だろう。そこに立てかけてある木製の武器の中から、自分の獲物を選んで手に取れよ。んで、ちょっと確かめたら、俺と立ち会いだ」
「…本当に大丈夫なのか?」
「いいえ、普通は国営冒険者アカデミーの入学試験の時に初めて入る場所よ。今回はスカウトしたエナミ君の要望により、冒険者求人課の課長特例という形での修練場の使用になります」
「マリー、今度は受付から監督官か?」
「誰かが見ていないとね。修練場の施設管理義務違反になるのよ。ここの管理は国営冒険者アカデミーとウチの共同管理だから」
「分かりやすいお役所仕事だな」
「エナミ君、あなたもそのお役所の一員だという事をくれぐれも忘れないでね」
「へいへい」
ヤミールの疑問には遅れて入ってきたであろう、自分の後ろから入って来ていたマリーが答える。答える声に振り返りながら、エナミとマリーのやり取りでヤミールは理解する。
ちなみに今迄説明してこなかったが、「能力」とは本人の元々持つ身体特性の事で、ダンジョン攻略課で言うとダナン課長の「阿修羅像のオーラ」やミズキの「探知レーダー」がこれにあたる。
この能力については本人が元々自覚している場合もあるが、多くのケースは王立アカデミーや今回のような冒険者求人課での能力確認の実践テストで初めて理解する。
それに対して「スキル」は魔法や武技等の後天的に、何らかの修練や学習にて獲得するものである。これにはそれぞれの冒険者達に適性があるものの、おおむね国営冒険者アカデミーでの1年に渡る研修でダンジョン攻略に必要なものは一通り習得出来るようになると言われている。
勿論、戦略兵器にすらなりうるような魔法や武技に関しては本人のスキルへの努力と才能、能力による底上げなどが必須であるが、三十階のゴールドランク到達程度までならば大抵この研修段階で習得出来るスキルで事足りる。
むしろ、アルミナダンジョン国としては冒険者自身の能力頼みの育成は推奨されておらず、その面も考慮して、エナミのダンジョン攻略マニュアルは能力については配慮してないが、スキルは一通り使用できるものと考えて作成されている。
つまりこの修練場は国営冒険者アカデミーの施設として、冒険者候補それぞれが修練を積むことで武技、魔法といった何らかのスキルを獲得、向上させる為に必要な強固な環境が売りの施設であった。
エナミは壁に立てかけられてあった木製の短剣を無造作に右手に取ると、普段からさも慣れ親しんでいるかのように短剣での素振りを軽く繰り出し始めた。
最初のうちは非常に軽く短剣を振っているように見えたが、その斬撃音は鋭く、当然一振りごとの体の重心のブレなどなく、身体が温まった事を確認した後は段々とギアを上げて、流れるように上から下、跳ね上げて回って横に振るといった型を次々と繋げていくその姿は、彼が短剣という武器を存分に扱うという事を、ヤミールという相手に十分に分からしめた。
それを見ていたヤミールも初めて見る相手の動く姿に、あぁ、マリーさんが伝えたかった事はこういう事かと戸惑うことなく納得し、寧ろやる気を漲らせていた。
ヤミールも、こちらも壁に立てかけられていた自身の身長の倍ほどある木製の槍を手に取り、何度か突きを繰り出すが、その度にほとんど肉眼では目視できない速さで突きが繰り出され、突いた先の空間に金切り音だけがヤミールが残心をとるとともに聞こえた。
お互いに何とはなしに十分程度でそれぞれの動きと馴染みのない武器の確認が終わった事を理解できたようで、ウォーミングアップを終えると、示し合わせたように修練場の中央で10メートルほどの距離を取り、互いに向き合う。エナミは構えもせぬまま自然体で右手に短剣を持ち、ニヤリと笑ったまま、視線の真正面で槍をいつでも構えられるように準備万端のヤミールに声をかける。
「さあ、久しぶりのストレス発散の時間だ。せいぜい足掻いてくれ。ランドール共和国が誇る、若き騎馬隊千人長、龍槍のヤミール君よ」
ヤミールは眉を潜め顔を一瞬歪めると、すぐに獰猛な顔付きになり、エナミを睨みつける。慣れない場の雰囲気に戸惑っていた先程とは全く気配が変わり、二人の周辺の空気が重くなる。
明らかに自分へのプレッシャーが増していたが、エナミはニヤニヤと笑ったままそれを受け流し、短剣は右手に持ったまま構えもせずに自然体を崩さなかった。
「…アンタ、いつから気がついてたんだ?」
「いや、さっきお前が俺に渡してくれた冒険者求人課の測定結果を見てな。ここら辺で槍を使って、戦場で活躍した若手の有望株を思い出してたんだ。そしたらさっきの長い槍を使っての三連撃の素早い突きを見た時に思い出したんだよ。そういや槍使いで、そんな二つ名の奴が西の隣国に居たってな」
「…アンタやっぱり大したもんだな。普段から関わりのない周辺諸国の戦力を大体把握してるっていうのか?しかも居なくなったはずの奴まで」
「まぁ、ここ最近は無いが、他所との戦争を想定するのがこの世の常だからな。強い奴は覚えておくのは趣味って面もあるがこの商売の内さ」
「その情報収集力は本当に脅威だな。だが安心しろ。もう俺はランドール共和国の所属でも、龍槍でも無い。ただのヤミールだ!!」
「まぁ、隣国のランドール共和国の奴らには申し訳ないが、その力はアルミナダンジョン国で有効活用させてもらうさ」
「両方とも始めない?」
「「いつでもどうぞ」」
ヤミールはその場で構えをとり、エナミに向かって槍を突く。エナミには当然届かないながらも、その繰り出された突きの風圧だけで身体を吹き飛ばしそうな風が巻き起こっていた。しかしエナミは何てこと無いと言わんばかりに、やはり自然体で右手に持った短剣を構えもしないまま、右半身を前にしてやり過ごす。
エナミはヤミールに対して執拗に挑発を続ける。
「それにしてもお前がここにいるって事は、ランドール共和国がお前に見合う国じゃ無かったって事か?それともお前に見合う槍が無いって言い訳か?まぁ、お前にこの場で馬を渡してやれないのが唯一の足枷のようで俺としては不本意だが、ここから先は互いに身体で語り合おうか」
「はん、望むところだ!!」
「それじゃ、始めて」
マリーの軽い開始の合図と裏腹に、一気にその場は凍ったような緊張感に包まれた。
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気にいらなかったら、貴重な時間を使わせて申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。




