第三十話 相談窓口の人と冒険者候補 2
少し長めになります。
ダンジョン攻略課の入り口を出たヤミールは、その足でエナミに指示された一階下の冒険者求人課に顔を出した。こちらは誰でも入りやすいようにする目的か、入り口の扉は開け放たれており、ちょうど受付窓口に座っていた綺麗な栗色の髪のワンピースを着た女性に声をかける。
「すまないが、こっちに来るようにってダンジョン攻略課の冒険者相談窓口のエナミってヤツに言われてきたんだ」
「あぁ、エナミ君がさっき連絡くれたヤミール様ですね。ようこそ冒険者求人課へ。私は受付窓口をしている、マリーといいます。以後手続きが終わるまで宜しくお願いします。まずは彼から預かった申請書類をいただけますか?」
「はいよ、これだよ。宜しく、マリーさん」
「ありがとうございます。ではそちらにお掛けになって5分ほどお待ち下さい。」
ヤミールは気軽に書類をマリーに渡し、後ろのソファーに腰掛けた。約束された5分もかからずにマリーに呼ばれる。彼は少し緊張感を持って、すぐに立ち上がって受付のもとに戻る。
「ヤミール様、今回提出いただいた申請書類の確認が終わりました。不備は一つもございません。このまま身体測定と能力確認の方もなさいますか?」
「速すぎねえか?こっちから言うのはおかしいかもしれねぇが、そんな簡単にさっと見るチェックでこの手続きを終えて良いのかい?さっきもエナミってヤツに言ったけど、俺はよその国から来てるんだぜ」
「えぇ、エナミ君のサインもありますし、何の問題もありません」
「アイツのサインってそんなに凄いのか?」
「エナミ君から伺ってないんですか?相変わらずだわ。この書類への彼のサインはヤミール様自身の信用をこの国が担保するもの、つまりはこの書類の信用はここでは最上級のものという事です」
「…そんなに凄いものだなんて、アイツは一言も」
「そうでしょうね、彼は自分の価値には興味が無いですもの。それにこの冒険者求人課では彼自身の信用も高いですから。何せ彼が今までスカウトして連れてきた冒険者候補は半分以上はプラチナランクまで駆け上がっているのよ」
「そうだったのか…。なら俺もそういう目で見られるのか?」
マリーはニコリと笑い、申請書類と引き換えに身体測定と能力確認用の書類をヤミールに渡す。
「それはこれからの身体測定と能力確認次第ですね。奥の銀色のドアの先が会場になっていますので、担当者にこの書類をお渡し下さい。終わったらまたその書類を渡されますから、私の元に持って来て下さいね。では、頑張って行ってきて下さい」
受付の奥の銀色のドアを案内して、マリーは受付に戻っていった。ヤミールは覚悟を決めて、案内された銀色のドアを開けて、奥の会場に入っていった。
そこはヤミールが今まで見た事が無い機械が立ち並び、カチカチやら聞いた事すらない音しかしない30メートル四方位の空間だった。ヤミールが銀色のドアを閉めると、30才半ば位の白衣姿でガリガリに痩せた、メガネで天然パーマの男が声をかけてくる。
「アンタ、何?身体測定しに来たの?」
「俺はヤミール、受付のマリーさんからこれを渡すように言われたんだ」
「あいよ。ちなみに俺はキタリって呼ばれてるから宜しく。そんじゃあ、上半身服を脱いで、そこのベッドに横になってくれ」
「分かったよ、キタリさん」
キタリが受け取った書類片手にベッドに誘導すると、ヤミールは案内に反発する事なく、上着を脱ぎベッドに横になる。キタリがベッドの奥の装置を触っていると、病院のMRIのような機械にヤミールの身体が飲み込まれていく。
「ヤミール、ちょっと音がなるけど、静かに横になってろよ。10分くらいで済むから。後はこれ痛くねえからな」
「分かった」
「これ終わったら、そのまま能力確認の実践テストもあるから心の準備をしとけよ」
「あぁ、そっちは得意だ」
あっと言う間に10分が経ち、機械が自動でどいていく。キタリの「もう起きて大丈夫だ。上着も着てくれ」の声を聞いてから、ヤミールは閉じていた目を開けて、ゆっくりとベッドから起き上がる。
ヤミールが上着を着ていると、さっきの身体測定したデータを印刷したプリントを見ながら、キタリが声をかけてくる。
「んじゃ、お待ちかねの能力確認の実践テストになるんだが、ヤミールは自分の能力については分かってるのか?」
「…何となくはな」
「そっか。ちなみに強化系?」
「恐らくな。俺自身の経験から行くと手にした武器を強くするものだ」
「得物は何が得意だ?」
「槍しか使った事がない」
「分かった。ちょっと待ってろよ」
キタリは奥の棚をガチャガチャとあさってから、4、5分かけて見つけた金属製の槍をヤミールに投げて渡す。
片手で難なく受け取ったヤミールは、くるくるとバトンの様に槍を回し、慣れたように半身で構えてみせ、軽く突く動作を見せる。その一連の動きの滑らかさには、圧倒的な試行回数の後をうかがわせる美しさがあった。キタリは眉間に皺を寄せながら訊いてくる。
「…アンタはその年で戦った経験が既に随分あるみたいだな。それもまぁまぁの数相手にも」
「…キタリさんよ、それについてはノーコメントでもこの能力確認のテストってヤツには影響無いのか?」
「あぁ、あくまでも雑談だ。能力確認は機械が勝手にやるからな。影響なんてしないよ。悪かったな、余計な事を訊いたみたいで」
「いや、良いんだ。言わないこっちが悪いのは分かってるし、それに対して寛大過ぎるアルミナダンジョン国の恐ろしさを痛感してるだけなんだ。それで次はどうするんだ?」
キタリは奥の透明なアクリルのような板に囲まれた一区画を指差す。
「その槍であそこの部屋にある3つの的を、能力を開放した状態で、全力で突いてくれ」
「それだけで良いのか?」
「あの部屋は特別でな、ダンジョン開発研究所が作った人の能力の鑑定機能があるのさ。後はあの的も圧力やら衝撃やらのセンサーになっていて、後はヤミールさんの槍の威力をこの機械が勝手に教えてくれるっていう寸法さ」
キタリが説明する側の机には、ちゃんとパソコンのような機械が何台も有り、その中の一つのモニターには数字の羅列が画面を走っていっていた。
「分かった。全力で突いていいんだな?」
「あぁ、失敗しても同じ事を2回やるから、気楽に…」
キタリの話の途中ではあったが、透明な板に囲まれた区画に、無造作に入っていったヤミールは槍を構えると軽く息を吐き、一挙動で3回槍を突く。
ドドドッという、衝撃音が重なって聞こえた後に、それぞれの的の中央に明らかなくぼみが出来ていた。構えの残心を解いたヤミールに測定結果が機械から印刷されるのを待ちながら、少し時間のあったキタリは声をかける。
「ヤミールさんよ、この機械で見る数字の高さは俺がこの仕事についてからも久しぶりの事だ。ちなみに俺は仕事でこんな事ばっかりやってるから、色々強いって言われているヤツの噂も入ってくる。最近聞いた話だと、西の共和国によそとの戦争で名をあげて龍槍って二つ名がついた兵士がいたんだが、トラブルか何かでその国を逐われていなくなったらしい。確かそいつの名前が…」
「俺は……ただのヤミールさ」
ヤミールは会話を拒絶するようにキタリに槍を返す。槍を受け取ったキタリは奥の棚に黙って戻して帰ってくる。
「……アンタがそれで良いなら構わないけどな。ただダンジョン管理事務局は、いやこのアルミナダンジョン国って所は冒険者には最大限の対応をするって事だけは覚えておいてくれよ。俺等はよっぽどの事が無ければ味方だ。よし、出来上がった。この書類をまた受付に戻って、マリーに渡してくれ。後は彼女がどうするか教えてくれるからよ」
「ありがとうよ、キタリさん。槍は国を出てからほとんど持ってこなかった。こいつはいい槍だった。それじゃあ、また」
「あぁ、ヤミール、またな。今度は別の噂を聞くのを楽しみにしとくよ」
ヤミールが冒険者求人課に向かうために、ダンジョン攻略課を出ていってから、約1時間は経過していた。エナミは窓口受付を終了させていたが、作業をする為に窓口の机に向かっていた。まだ攻略課のシャッターもドアも開けたままにし、レラには事情を話して先にあがらせていた。
暫くすると、事務作業をしていたエナミはダンジョン攻略課の入り口に入ってくる人の気配を感じた。ヤミールが先程渡してたものとは違う書類を片手に、少し誇らしげにやってきていた。エナミは作業する手を止め、固い木製の椅子の背もたれに寄りかかる。
「残念だったな、とは言わなくても良いのかな?」
「アンタは本当に嫌な言い方しかできないんだな。無事に最初のテストやらは通過したみたいだぜ。ほら、この書類、マリーさんからアンタに渡せって」
「ありがとうよ、少し確認させてもらう」
ヤミールから受け取ったマリーからの測定データの入った書類をエナミは一通り確認していく。ヤミールは少し疲れたように相談窓口のイスに寄りかかるように座っていた。
「そう言えば、マリーさんがアンタに宜しくって」
「そうか、マリーがな。普段仕事の都合上、電話やなんかで連絡は取るが、なかなか直接は会う機会は無いからなぁ、元気そうだったか?」
「元気だったと思うぞ。あんな綺麗な人がアンタに気が有るのか?」
「考えが短絡的だな、彼女とは王立アカデミーの同級生ってだけだよ。よし、書類の方は大丈夫だ。次のステップを案内する」
「なんだよ、つまんねえ。でもマリーさんの方は随分とアンタを気にしてる感じだったけどなぁ」
ヤミールはニヤニヤしながら、話を続けようとする。エナミは呆れたようにため息を一つ吐いてから、先程用意した国営冒険者アカデミーの入学試験の申請書類を、ヤミールの手元に滑らす。
「お前は俺の人生に干渉するためにここに来たのか、それとも自分の人生を変える為に来たのか、どっちだ?」
「悪かったよ。たださっきのテストが上手くいったみたいで、少し気分が良かったんだ。こんな俺でもこの国は認めてくれるんだってようやく分かってきたからな」
「なんだ、俺の話を信じてなかったのか?」
「そりゃあ、このアルミナダンジョン国に来た時は何か変われる、変わらなきゃって覚悟で来たけど、あんな所に行き着いたんだ。俺にはそんなもん無かったと思ってもしょうがないだろ。それがアンタに絡んでから、トントン拍子だ。騙されてんのか、夢でも見てんのかって思うのが普通だろ?」
ヤミールはこの二、三日での自身の劇的な人生の変化に驚いてばかりだった。今もこうして冒険者相談窓口で国営冒険者アカデミーの入学試験の申請書類を書くなんて、半分くらいは何かの間違いか冗談じゃないかと思っていた。
「そんなもんだろ、人生なんて。自分にはなんの決定権も無いさ。ただその時の流れに流されるってもんだ」
「いや、だからな。アンタには感謝してんるんだ。ここまでたどり着いたのはアンタのおかげだからな」
「まだ早いだろ。国営冒険者アカデミーの入学試験に合格した後で感謝してくれ」
「そうだな。んじゃ、この書類さっさと書いちまうよ」
エナミには目の前でどんどんヤミールが書類を書きあげていくのを見ていたが、内心彼の言う事もよく分かっていた。
ある日突然自分の人生は変わる。それは誰にでも起こる事だ。だからこそ、目の前の事を全力でやらねば、後悔は生まれるのだ。
「書き終わったぞ」
「おう、確認する。…オーケーだ」
そして、これから起こる事もちゃんとやらねば、自分自身も後悔するなと考えたエナミは、確認した書類に自身のサインを入れて固い木製の椅子から立ち上がると、一息ついてノビをしていたヤミールに声をかける。
「ヤミール、入学試験の準備として手合わせしてやるから、冒険者求人課に場所を借りに行くぞ」
「はっ?」
「お前がここに来る前の国で何をやったかは知らないし興味も無いが、結局の所、このアルミナダンジョン国で冒険者になって一旗あげに来たんだろう?」
「……あぁ」
「だったら、この国のトップレベルの力ってヤツに興味はないか?ほら、ボサッとしてないで下に行くぞ」
ミゲルは目を丸くしたまま、先を行くエナミに黙ってついていった。
上手く纏めきれず、いつもの2倍近くの文量に……。
もし気に入ったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
気にいらなかったら、貴重な時間を使わせて申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。




