第二十九話 相談窓口の人と冒険者候補 1
キョロキョロと辺りを見回す明らかに挙動不審な男を連れて、エナミはダンジョン攻略課の入り口の扉を開ける。その扉の先にあるダンジョン攻略課のフロアはアルミナダンジョン国の建国以来、改修など手は加わってはいるものの、三百年に渡って大きく変わらずに国を支えている、ダンジョン管理事務局の歴史が生み出す、重厚感と切迫感を男は感じずにはいられなかった。
ダンジョン管理事務局のクラシカルな建造物の中で、2階のこのフロアには二つだけ置かれている冒険者相談窓口の一つで、エナミは不在中の札を受付中に裏返して、相談窓口の向こう側の固い木製の椅子に座る。そしてまだまだ周囲の雰囲気に圧倒され、ぼんやりと立っていた男にひと声をかけ、座るように促す。
「ようこそ、冒険者相談窓口へ」
「あぁ」
「それじゃあ早速、冒険者候補としての適性があるか、本人の経歴確認とテストをしていくがいいか?」
「分かった、何でも聞いてくれ。答えられる事は答えよう」
「そしたらまずは名前だ。なんて呼べばいいんだ?」
「俺の名前はヤミール。…名字はない。ただのヤミールだ」
「分かった。ヤミール、その調子で答えられる範囲で良いから答えてくれ」
エナミはそれから暫くの時間、ヤミールの個人情報を本人に確認しながら冒険者候補用の書類に記載していく。ヤミールの経歴はスラム街に来る前に及ぶと途端に本人の口が重くなる為、現状ではスラム街に来た後の話の詳細を確認していく。
居酒屋で会ったのは四人だったとはいえ、他の三人とは元々付き合いがあった訳ではないらしい。彼らとはヤミールがアルミナダンジョン国に来てから、何か職につく間のつなぎのために日雇いの仕事をしていない時に、何とは無しにスラム街でブラブラしているうちに、何となくつるむようになったというお決まりのパターンだった。
その為、他の三人達が名乗っている名前やちょっとした事は知ってるが、当然過去は語らず、何処に住んでいるかもその日暮らしで分からないような状態での付き合いだった。
四人でつるみだしてからはエナミにやった様に、偶に一人でスラム街で呑んでるひ弱そうなカモに絡んでは、ちょっとした恩恵を得る為に問題を起こしていたっていうスラム街らしい話だった。
曖昧さタップリではあるが、一通りの書類が出来上がり、性格などの簡単な精神面の適性検査を行った後、ヤミールにこれから冒険者候補になるに当たっての最初の本格的なテストである、身体測定や本人の能力確認が必要な為、一階の同じダンジョン攻略部の冒険者求人課に行くように説明して、エナミは彼を解放しようとした。
「案外簡単に最初のテストまでは行けそうだな。ちょっと緊張して損した気分だぜ」
「一日近く人を見張ってて何がちょっと緊張して、だよ。そりゃ担当冒険者が一流になるように手助けするのも、門戸を広げて、冒険者のなり手を増やすのも、両方俺らダンジョン攻略部の大事な仕事の一部だからな。どんなランクでさえ、冒険者が増えれば、間違いなくこの国が栄えるのが分かってるからな」
「そんなもんか」
「あぁ、そんなもんだ。それに俺らダンジョン管理事務局の人間はあくまでも国に仕える公務員だからな。単純に考えたら、国が潤えば俺らも潤うって訳さ。だからな…」
エナミはにやりとヤミールに笑いかける。ヤミールは今までの二人のやり取りから馬鹿にされると感じて、あらかじめ少し顔を顰める。
「なんだよ」
「あんなスラム街で燻って馬鹿な事をしないで済むように、頑張って冒険者になってアルミナダンジョン国に貢献してくれ。それが酒を奢ってやった俺からお前に望むただ一つの願いだ。出来れば他の三人もそうなって欲しいもんだが、こればっかりはしょうがない。お前だけでも頑張ってくれ」
「はっ、そうかい。アルミナダンジョン国に貢献か……ちなみにそんなアンタから見て、俺には冒険者になれそうな力があるのか?」
「あるな。俺が名刺を渡したんだ。他の三人も間違いない」
「俺の何が分かってる?この前は集られて、今日も話をちょっと訊いただけじゃねえか?もっと詳しく確認しねえと、危ないとか考えないのか?俺がもしかしたらこの国の敵かどこぞのスパイかもしれねえじゃねえか」
「茶化すなよ。こないだちょっとプラチナランクに脅かされただけで、尻尾を巻いて逃げたヤツが敵やスパイだって言っても、こっちは何も怖くないだろ?それになヤミール、俺を舐めるなよ」
エナミの語気が冷たく、強くなる。ヤミールは急に部屋の気温が下がった気がして、鳥肌が立つ自分の腕を無意識に擦っていた。背中にも知らぬ間に冷や汗が流れていた。
「俺はここで12年間、誰よりも一番多くの冒険者を見てきた。それこそ下はブロンズランクから上はオリハルコンランクまでな。その俺がお前らを見て才能があると認めて名刺を渡したんだ。冒険者求人課が、万が一お前の力がどれほどのものか分からず、テストで落とそうとしても、俺が進言してお前を国営冒険者アカデミーにねじ込むさ」
「…アンタにそんな力があんのか?」
鳥肌と冷や汗は気づいたら収まっていた。ヤミールが腕を擦るのを止めると、エナミは固い木製の椅子を少しズラして、後ろを振り返ってダナンが座っている席がヤミールから見えるようにしてから話す。
「力があるのは俺じゃない。このダンジョン攻略課さ。まぁ、ダナン課長に言ったら間違いなく通せるけどな。そんな事しなくとも今の冒険者求人課はちゃんとお前の能力を確認するシステムもしっかりあるから、真っ当な判断をするさ」
「そうか…、アンタだけだといまいち信用出来なくても、このダンジョン攻略課ってのがすげえっていうのは、よその国から来た俺でも知ってるからな。あのガタイのいいヤツもこの間の居酒屋で見たしな。少しは安心できたぜ」
「まぁこれ以上は無駄口叩かずに、この書類を持って、早く冒険者求人課に行って、検査やらテストやらしてもらってこい。もしも最初の身体測定や能力確認で落ちて恥ずかしくても、ちゃんとここには戻ってこいよ」
「……アンタ本当に嫌な言い方をするな。ヤミール、お前を信じてる、合格してこいって言ってくれりゃあ、気分よく行ってくるのによ。分かったぜ、さっさと終わらせて、帰ってきてやるぜ」
エナミは出来上がった書類に自身のサインをしてから、ヤミールに渡す。ヤミールは受け取った書類をくしゃくしゃにしないように優しく持ちながら、軽く皮肉るようにニヤついて振り返り、ダンジョン攻略課の入り口から出ていく。
ちなみに一階のフロアにある冒険者求人課にはエナミから既に連絡済みで、余計な手間を取る事なく、受付で必要以上に待たされる事もなく、ヤミールは最初から身体測定を受けるだけだ。
本来であれば、最初の身体測定の前に細かな本人の背景調査などもあるが、今回のようにダンジョン攻略部の職員のスカウトという流れがあると、アルミナダンジョン国自体の推薦という形で冒険者求人課に行く為、煩わしい手続きを簡略化出来た。
エナミはヤミールには今回の窓口でのやり取りにそんな恩恵がある事は一つも知らせずに、ただただ冒険者求人課に追いやった。こんな事で彼に借りや恩なんて感じてもらっても、冒険者に実際なれるかどうかには何の影響にもならないと思っていたからだ。
エナミがふと時計を見ると、本来の終業時間まで後1時間程度しか残っていなかった。彼は今日はだいぶ残業になるなと考えながら、国営冒険者アカデミーの入学試験の申請書類を用意して、ヤミールの帰りを待つのだった。
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