第二十八話 相談窓口の人は同僚から忠告される
エナミは行きも帰りもいつもと全く様子が違ったまま帰っていったサーヤを見送ると、一息つく。
あれくらい発破をかければ(あくまでもエナミ視点)、次はちゃんとメリダダンジョンの四十八階を攻略した上で、態度も以前みたく自信満々で肩で風をきってやってくるだろうと、あんな目にあった彼女の受けとめとは全く違った感想を心で思っていた。
サーヤとの相談窓口でのやり取りで広げられた資料や地図など片付けていると、片付け終わった頃を見計らって、デスクで事務業務をしていたミズキが窓口までやってきて、エナミに声をかける。
「エナミ君、ちょっといい?」
「あれ?ミズキさん珍しい。どうしたんですか、もしかして夕飯のお誘いでも?それとも何か厄介事?」
「相変わらず私にはポジティブね。というかプラチナランクの彼女とあんな事をしてた後によく言えるわね?まぁ良いわ。どちらかと言うと厄介事よりかな?夕飯のお誘いはまた今度ね」
エナミの軽口を躱しながら、ミズキは息をフッと吐きながら一言、二言手元のメモ帳に書くと、エナミに見せてくる。「朝から一人の男に監視されてるよ」と書かれたメモはエナミが見たのを確認してから、スキルで目の前で燃やす。エナミは意外そうな顔をして、メモの燃えカスをゴミ箱に捨てるミズキを見ながら思い出す。
「そう言えばミズキさん、元々能力持ちで保安部に回されたんでしたっけ?確か探知レーダー系だってダンジョン攻略課に来た時に教えてもらったような…」
「そうよ。これでも一応、ここの前には保安部の第一保安課に3年いたから、ダンジョン管理事務局内でセキュリティーレベルが低い所なら、ここにいても大概の人間の居場所は分かるわ。ただ今はこの部署に居るから、ダンジョン攻略課周辺だけにしてるけど。それで心当たりは?」
エナミは冒険者なら垂涎の能力だろうに随分と勿体無い使い方だなあと、アルミナダンジョン国の冒険者相談窓口の人間独自の考えに耽りながら、自分を狙っているであろう人間について考える。
彼は今現在の自分自身の世間的な評価を冷静に考えて、妬まれたり、蔑まれる事はあっても、見張られる程の恨みや警戒心を買う程の人間ではないと思い至っていた。
また次に、自分に用がありそうな人間を考えて、直近の居酒屋であったしょうもないトラブルをエナミは思い出す。二日前の事だがその揉め事の後にタナカと遅くまで呑んでたせいもあり、うろ覚えになっている男の記憶の断片を拾い集めて確認する。
「ミズキさん、そいつはもしかして大柄で小汚い感じの男ですかね。コソコソとしてるんじゃないかなぁ」
「小汚いかは分からないけど、コソコソした大柄な男は正解。保安部に通報しとく?」
「いえいえ、ここまでやってくれたミズキさんにそんな手間はかけさせられないですよ。自分で対処しますって。そいつとは何でか変な縁があって、こっちから誘いましたしね。ちなみに今はどの辺にいます?」
「午前中は三階の総合受付近辺の椅子に座って、相談窓口の見える位置で観察してたわ。私もそこで警戒したから、それが始まりなはずよ。午後は相談窓口の前の掲示板を睨みつけながら、何度かチラチラとこちらのドアを覗ってるわね」
「分かりました。スカウトはされたけど、信用出来なくて、俺の事を本物かどうか疑ってた確かめてたんでしょうね。まあまあ優秀な部類かな?こちらから声をかけてみます」
「宜しくね、後は任せるわ」
「ミズキさん、異動する前にさっきの夕飯のやつ、こっちから誘いますからね〜」
「期待しないで待ってる」
振り返りつつ軽く右手を振り、デスクへと戻っていくミズキを見ながら、あんな女性にみんな憧れるんだろうなと一つ軽く笑って、エナミは固い木製の椅子から立ち上がる。
彼は隣の窓口にいるレラに一言断りを入れてから窓口の前に回り、受付中の札をくるりと不在中に裏返して、ダンジョン攻略課の入り口のドアから出ていく。
エナミを見て、ダンジョン攻略課の入り口のすぐ横の掲示板を見ていた居酒屋で会った大柄の男は飛び上がりそうになった。
「何で?!」
「いや、入ってきてもらわないと相談窓口の仕事にならないから、お前の呼び込みだよ。今日一日俺の仕事を見てたんだから、俺が本当にダンジョン攻略課の冒険者相談窓口の人間だって分かっただろ。冒険者になりたいんだろう?」
「ど、どうして俺が一日中このダンジョン管理事務局でお前を監視してたって、分かったんだよ?!」
「そりゃ一日中、何か普段感じない視線を感じてたんだ。気にもなるだろ」
「そんな……」
エナミはミズキの能力の事を漏らさないように、平気な顔で嘘をついた。男は驚愕の顔でエナミを見ていたが、目線を逸して呟く。
「えっと…」
「決断してないなら、わざわざここには来ないよな。他の奴らはどうした?」
「みんな、誘ったけど、アンタの言う事なんか信じられない、あの七三はヤバイけど、あの普通そうな奴はどうせダンジョン攻略課の職員な訳が無い。名刺も偽物だって言って、誰も一緒には来なかったんだ」
「じゃあ、何でお前は来たんだ?」
男は真剣な目で目線を戻した。
「俺だって疑ったけど、俺は見たんだ。アンタが何だか分からないけどゴツい奴と偉そうな奴と、あの恐い七三のおっさんとも、あんな物騒な連中達と普通に構えずに呑んでた」
「まぁ、みんな知り合いだしな。大人なら当たり前の事だろ?」
「当たり前の事じゃない!!俺にはあんな連中と普通の顔して呑むのは到底無理だ。だからこそ俺等は一番普通そうなアンタに集ろうと思ったんだ。でも、あの七三のやつが来た時分かったんだ。あぁ、これは無理だと。いや、俺らとはアンタですら明らかに違うと思わされちまったんだ…」
男は上着のポケットから名刺を取り出す。
「だからこそ、この紙は何かを変えるチャンスだって思ったんだ。駄目で元々だしな。そしたら、アンタはちゃんとここにいたんだ」
男はわざわざエナミの名刺を見せてくる。一度くしゃくしゃにした後、伸ばした痕跡がエナミには分かった。男を見ると居酒屋の時とは違い、無精髭をしっかりと剃り、それなりの格好をちゃんとしていた。自分なりの今出来る精一杯の装いをしてきたのがエナミにも分かった。
エナミは俯き、ニヤリと笑う。一度深呼吸して顔を上げた時には、人を喰ったいつもの顔に戻っていた。顎をしゃくって、後ろに見える中央に金文字で「ダンジョン攻略課」と書かれたドアを後ろ手に親指で指す。
「入れよ、話はそれからだ」
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